2★執事ボーイと庶民ガール

 クセのないサラサラの黒髪に、小さくて丸い鼻。

 身長は彼の方が若干高いけれど、童顔なのもあって、年下のようにも見える。

 まつ毛が長くて、まるでお人形さんだ。

 まぶたに隠れた奥のひとみは、冷たい視線を放ってる。


「ああ真弦まづる。いたんだ。さすがお坊ちゃま」

「は? いつでもいるし」

「い、いやだってさっき忍者みたいに登場したじゃない。いやなんでもない。うん、マジで。こ、これはなんて言うの? アレだよ。サービス」

 渡木さんは、胸の前で慌てて両手を振った。

 

 お、お坊ちゃま? 

 わけがわからずあ然とするわたしとお姉ちゃんをしり目に、真弦と呼ばれた男の子はハアとため息。

 

「サービスは、相手からやってくださいと頼まれたときにやるものだ。おまえのそれは、ただのナンパ。やりたきゃ外で勝手にやれよ、キザノッポ」


 真弦くんは、わたしの髪を触ったままだった渡木さんの右手を、自分の手でパシッとたたく。

 

 よ、容赦ない!

 やっている相手が平然としているんだもん。めちゃくちゃ怖いんだけど!?

 ふ、『フラットな職場』は一体どこへ? 


「おまえ、痛ぇよ! あとキザノッポってなんだよ!うるせえな」と手を離した渡木さん。「このクソガキ! じゃなかった。お坊ちゃま、乱暴はいけんませんって!」


 カッとなって、徹底していた爽やか優等生口調が、一瞬素に戻りかける。

 が、お坊ちゃまもとい真弦くんは、顔色一つ変えることなく、彼の発言を(すべて無視することで)さばいた。

 

「えっと、この子は? 渡木さんの弟さんですか?」

 わたしの気持ちを、お姉ちゃんが代弁してくれる。

 たしか渡木さん、小学生の妹さんがおられたよね。

 なら、その下にきょうだいがいてもおかしくはないはずだ。  

 

「まあ弟かって聞かれれば、そんなところかな。こいつ—八乙女真弦やおとめまづるは、ここのオーナーの息子さんだよ」

「「む、息子さん!?」」

  

 再度、わたしとお姉ちゃんの声がそろう。

 そう言われてみれば、目元や顔つきが、なんとなく店長さんと似ているような気もする。

 お父さんはクセのある黒髪だったから、髪はお母さん似なのかな。


「お初にお目にかかります。八乙女真弦と申します」

 真弦くんは、右手を胸の前に、左手を腰に当てて軽くえしゃくをした。

 うわぁぁぁぁ、テレビでよく観る、THE・執事さんのおじぎ! すごい!


「先ほどは、うちの従業員が失礼いたしました。在校生のチェンジを希望される場合は、遠慮せず僕か、パ……ああいや、校長に申しつけくださいね」

 

 わたしとそんなに歳も変わらないのに、なんだろう、この差。

 単語の発音が丁寧で正確。

 自分のオモテの顔―ふだんの口調と、仕事での口調の切り替えがスムーズすぎて、鳥肌が立っちゃった。

 

「と、ということは、きみ、ここがおうちなの?」

 

 天井には、お城とかでよくあるシャンデリア風の電球。

 壁には木の板が一枚一枚丁寧に張られている。今座っているテーブルも、足の先が内側に曲がっている『猫脚タイプ』だ。

 こんなすてきなお店で過ごせるなんて、羨ましいなあ。


「なわけねーだろ」


 しかし、キラキラと目を輝かせたわたしに、真弦くんは淡々と答えたの。

 う、また人格チェンジ? ていうかそもそも、初対面ですよね?

 な、なんでわたし、にらまれなきゃいけないんだろう。

 なにか悪いことでもしたっけな。


「オレの家は、結菜ゆいな市にあるただの一軒家。父親が、こっちのビルの空き店舗を買って、コンセプトカフェにしたんだ。昔からこういうのがすきだったから。オレは興味なかったけど、こづかいをもらうために手伝ってる。ゲーム買いたいし」

 

 要するに、店長さんと真弦くんは自宅から出勤しているんだね。

 それに、結菜市って。朝倉家の新しいおうちも、結菜市内にあるマンションだ。

 もしかすると、喫茶店じゃなくても、またどっかで会えたりするのかな。

 そうだといいなあ。


「おーい渡木さん、カウンター!」

「お、ヤバい。はーい、今いく」

 

 カウンターで、グラスにジュースを注ぐ作業をしていた在校生さんが叫んだ。

 その声に、渡木さんは回れ右。床と靴がこすれて、キュキュッと鳴る。


 別れ際、彼は真弦くんの耳元でささやく。

「真弦、ここの席頼んだ。まだ注文とってないからそれもヨロシク」

「は? あぁいや、オレはその、今日は料理担当で」


「オーナーは許してくれないと思うよ」

「うっ。………わかったよ………」

 

 ん?

 一瞬だけど、かすかに、小さい執事さんの握りこぶしが震えたような。

 わ、わたしの見間違いかもしれないけれど。

 なにかをガマンしている。そんな雰囲気がうかがえたのだ。

 

「お姉ちゃん、あの」

「うん、イケメンだよね。渡木さん」

  

 意見を聴こうと、横に座っているお姉ちゃんの手を引っ張ったわたしは、その返答にガックリと肩を落とす。

 聞こうとした自分が馬鹿だったよ。

 

 渡木さんがそそくさとカウンターへむかうのを確認し、真弦くんはわたしたちにむきなおる。

 そして、脇に挟んでいたメニュー表をテーブルに広げた。


「こちらメニューになります。ご注文が決まりましたら、そこにあるベルを鳴らしてください」


 なるほど、レストラン方式か。

 テーブルの隅に置かれた銀色のベルに視線を移し、わたしは軽くうなずいた。


「オムライスに、カレーライス。ここらへんは定番だよね。お姉ちゃん」

「高いものはやめてよー。今月課金しすぎてお金ないんだから」と、またもやズレた発言をするお姉ちゃんには、もうなにも突っこまないでおこう……。

 

 メニュー表には、手書きで料理のイラストが書かれてある。

 ところどころ筆跡がちがうから、従業員全員でつくったのかな。

 

 メニューを目で追っていたわたしは、最後のページに書かれた【サービス】の文字に、思わず顔を上げた。

 

 サ、サービスって、渡木さんが、さっき自分にやってくれたやつだよね。

 真弦くんも、『頼まれたらやる』って言ってた。

 ピンクのマーカーで描かれた四角の中には、〈ポッキーゲーム〉・〈チェキ〉・〈壁ドン〉・〈その他〉とある。


 その他ってなに!?

 これ以外に、まだあるの?


「あ、あの、この、サービスって言うのは……」

 軽い気持ちで質問したつもり。

 

 わたしはまだ小学生。

 なにもわからないまま行動しちゃったら、絶対痛い目にあう。

 実際、テレビやニュースなんかで、これまでに何度も小学生の被害は報道されているしね。

 これは自分の身を守るための、セートー行為のはずだよ。


「文字通り。お客さんと一緒に写真を撮ったり、握手したり、壁ドンしたりする制度ですね。ポッキーゲームに関しましては衛生の問題もありますので、口づけはしません。くわえるだけです。くちびるに届きそうだな、と思ったら、すぐに自分で折ってください」

 

 心なしか、さっきよりも早口になっている真弦くん。

 表情も若干暗く、笑顔なんだけど、どこかぎこちない。


 数分前の、彼の手の震えを思い出す。

 もしかして、無理して接客してる……?


「あのっ」


 今日お店を訪れたばかりの客に、できることなんてないかもしれないけれど、せめて話を聞くくらいなら。

 多分、小学生にだって—わたしにだって、できるはずだよ!



 でも。


「すみません。ちょっと外しますね。なにかありましたらベルでおしらせください」

 真弦くんはそれだけ伝えると、逃げるようにその場を去り、カウンターの隣・バックヤードの扉を開け、中に入ってしまった。

 

 よって、伸ばしかけたわたしの指は、そのまま虚空を切ったのでした。

    

  




  

   


 


  

 


 

   


   


  


 

   


 

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