執事サマのお気に入り!

雨添れい

1★喫茶・カトレア学院

 ガタンゴトンと規則的に揺れる電車。

 わたし—朝倉日奈あさくらひなは、高校生のお姉ちゃんと、車内の座席にむかい合わせで座っていた。

 

 車窓からの景色は、緑いっぱいの田園から、高層ビルがそびえたつ都市へと移り変わる。

 太陽の光に照らされて、銀色の建物がキラキラ輝いて。

 なんだか、夢の中にいるみたい。

 

 五月上旬、ゴールデンウイークの記念すべき一日目。

 なんだけど、うちの両親は今日、出張で東京へ出かけていて家にいない。

 わたしたち朝倉家はつい先日、田舎のS県から関東のG県に引っ越したばかり。

 一週間経って、ようやく生活が落ち着いてきたところなの。


 でも、しらない場所での仕事は不安も大きい。

 よって、今回はお母さんが、一日だけお父さんと出張先へ行ってくれているのだ。

 

 もう五年生だし、ひとりでお留守番していても良かったんだけど……。

 お姉ちゃんが隣町に用があったから、無理言って連れて来てもらったんだ。


 初めて自分で切符を買って、駅の改札口をくぐって、電車のステップに足をかけて。

 行ったことがない街に行くのって、ワクワクするや。


「ねえお姉ちゃん。今日はなにをする予定なの?」

 わたしは、窓際に置いたポテチをボリボリほおばっているお姉ちゃんに尋ねる。

 彼女の荷物は、白い革のショルダーバックのみ。

 お買い物に行くにしては、ちょっと持ち物が少なすぎるような?


「あー、これこれ」

 お姉ちゃんはミニスカートのポケットに入れていた手帳型のスマホを取り出し、なにやら検索。

 数分後、水戸黄門の印籠のように、デデンとその画面をこちらに見せつけた。


「なにこれ? 喫茶・カトレア学院。喫茶店? 高校?」


 画面には、モダンな雰囲気の店内で、制服や執事服姿の男の子が笑っている写真がのせられている。

 あれれ? 喫茶店って、こういう感じだっけ? 

 この人は全員店員さん? 学生さん? どっち?


「それ、コンセプトカフェって言うんだ。S県にはなかったから、引っ越したら絶対行こうって思ってたの」

「コンセプトカフェってなに?」

「学園とか、大正時代とか、ハロウィンとか。あるテーマに沿って営業しているお店のコト。店員さんは、そのテーマに合わせた格好をすることが多いね。メイド喫茶とかもその一例」

 

 お姉ちゃんがスマホを指でスクロールし、関連写真を見せてくれたんだけど。

 これが、またすごいの!

 

 フリフリのドレスに身を包んだお姉さんや、お化けの仮想をしたお兄さん、人気アニメとのコラボメニューの写真なんかが、ズラリと並んでる。

 こういう洋服、わたしは恥ずかしくて着れないけれど、すきな人は本当にすきなんだろうなあ。


「ほかにも、男装喫茶とか女装喫茶もあるんだよ」

 えぇっ。女の子が男の子の恰好を、男の子が女の子の恰好をして働くってことだよね。

 やっぱり都会って、田舎とは比べ物にならないよ。


「今回行くのは、執事制度がある学園をテーマにした喫茶店なの。働く人は、高校生や大学生、つまり現役の学生さんなんだ。イケメンぞろいだろうなあ。早く会いたいなぁ!」

「お姉ちゃんって、昔からメンクイだよね」

 

 芸能人やユーチューバーがテレビに出るたび、ご飯を食べるのを止めて番組を追う。売れ筋の少女漫画は片っ端から買って、本棚に並べる。最近は、自分でノートに漫画まで描いてるみたい。


 お母さん、「その集中欲を勉強にむけてくれたらいいのに」って、嘆いていたっけ。


「面食いでも別にいいじゃない。生意気ねえ」

 お姉ちゃんはふくれ面になり、苛立ちを隠すかのようにお菓子をポリポリと歯で噛んだ。


「あ、次で降りるよ」

《お次は、華城はなしろ、華城です……》

 車掌さんのアナウンスに合わせて、電車の速度が落ち始めたのでした。


  

  ■□■


 カトレア学院は、学園×執事というコンセプトにもとづいて運営している喫茶店。

 三階建てビルの二階にあり、高級感ただよう内装。

 

 店長さん(超絶イケメン!)から、もろもろの説明を聞いたわたしたちは、さっそく席に着く。

 ここ、お客さんは学園の〈新入生〉、従業員は〈在校生〉と呼ばれるみたい。

 それ以外は、ふつうの飲食店とほぼ変わらない。


「いらっしゃいませ~」

 髪を金色に染めた大学生くらいの在校生の先輩が、席に近寄ってきた。

 灰色のパーカーの上に、紺色のブレザーを羽織っている。


「「よ、よ、よろしくお願いしますっ」」

 お姉ちゃんとわたしは同時に頭を下げた。

 お姉ちゃんは、お顔が整った男の子が側にいることに緊張しながら。わたしは、外見の派手さにおびえながら。


「あはは。そんなに身構えなくても大丈夫だよ~。あ、オレ、渡木速人わたぎはやとっていいます。一応ここでは一番年上です」

 確かこのお店、高校生から大学生の男の子・十二人が勤務しているって話だ。

 速人さんは、パッと見た感じ十八歳くらいかな。

 スラッと背が高くて、モデルさんみたい。


「あ、あの、制服の人も、スーツの人もいるんですね」

 わたしは、くるりと周りを見回す。


 お店には、お客さんが五人ほど来ている。

 全員が一人客で、カウンターで在校生さんと楽しそうに話していた。

 在校生の男の子の服装は、ブレザーとスーツに分かれていてね。

 それで、気になって質問してみたんだ。


「ええはい。学生として勉強をする傍ら、お金持ちの家で執事をしている子がいて」

 あ、そういう設定なんだ。って、さっき説明してもらったばかりなんだけどね(汗)。


「ま、オレはふつうの学生ですけど」

 渡木さんは、カラカラと屈託なく笑う。 

 第一印象は怖かったけれど、実際は物腰柔らかで話しやすい。

 彼の言葉ひとつで、あっという間に空気が変わった。


「あはは。コンセプトカフェって、こんな感じなんですね。思ったよりフラットな場所で、安心しました」

 お姉ちゃんのセリフに、「ありがとうございます」とお辞儀をする渡木さん。


「あ、そう言えば。妹さん、かなりお若いですね。こういうのに興味がおありで?」

「えっ」

 

 自分に話題を振られて、声が上ずっちゃった。

 曇りのない視線が、まっすぐこちらにむけられる。


「きみ、名前は?」

「えっと、朝倉日奈。小学五年生……です。あ、姉に、連れて来てもらいました……」

 人の目を見て話すことが苦手なわたしは、小さな声で答えたあと、つい顔を伏せてしまう。


「ついこのあいだ、こっちに引っ越してきたばかりで。た、楽しそうだったので、あ、あの、スミマセン」

 あぁぁぁ、話しかけてくださったのに、なぜか謝っちゃった……。

 しかし渡木さんは、全く気にすることなく、声を張り上げた。

 

「へえ、五年生か。かわいい~。オレ、小学六年の妹いるけど、わがままでさぁ。反抗期なのか、なにを言っても舌打ちしてきて困るんだよな」

 

 あぁ。その気持ち、ちょっとわかるかも。

 年上だから、やれることが多いからって理由で、いばったり、嫌がらせをしてきたり。

 自分が下に見られているような気になってイライラしちゃう日、あるよねえ。

 

  ……なんて、物思いにふけっていた、そのとき!

 

「ふふふ。かわいい。日奈ちゃんみたいな妹が欲しかったなあ」

 渡木さんは不意にググッとからだをかがめて、肩の上に垂れているわたしの髪に指を絡めた。


「ふえっ……」

「あはは~、こういうのは、お子様にはまだ早いかな~。なあんて」

 

 ピトッ。

 渡木さんの右手がホッペに触れる。てのひらから、相手の体温がじきに伝わってくる。

 

 なななな、なにこれ。なにこれナニコレッ? どういう状況!?

 ああぁぁぁぁ、頭がグルグルして、考えがまとまらないよ~!


「――やめろよ」

 と、渡木さんの後ろから声がかかった。

 いつの間にか、渡木さんの横に、ひとりの男の子が立っている。


 服装は従業員さんと同じ、黒色のスーツに赤いネクタイ。

 白い手袋をはめていて、脇にはメニューの表。

 同い年くらい、かな? 


 男の子は、横目で金髪の在校生をにらんだ。


「次ふざけたら、パパに言ってクビにしてもらうけど、いい?」


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