第36話・窟ごっこ
俺も、アロマスティックに手を出してみたのですが、とてもいいものでした。
「落ち着きますねぇ……」
アナーキーな雰囲気を演出しているのにです。実状と見た目はとても乖離しています。
「だろぉ? タバコ吸わせるなんてできねぇから、先公としてできる精一杯はこんなところだな。わりぃとは思ってるよ。でも、タバコなんて生涯吸わねぇほうがいいもんだ」
三浦先生は少し申し訳なさそうに言いますが、彼は最善を尽くしているようにしか見えません。
「何言ってんだよ! オヤジはこれまで関わってきた大人と違って、俺らにも譲歩してくれる。人として、扱ってくれるじゃねぇか!」
彼らも一体どのような環境で生きてきたのでしょうか……。
本当に、聞けば聞くほど、俺の周りですら一寸先は地獄です。あるいは、それが可視化されやすいのがこの環境かもしれません。
「そりゃ、当たり前なんだよ。ガキだって人間だ。なのになんで、一方的なのかわかったもんじゃねぇ……」
教育の現場では、時に一方的に校則が押し付けられたりもします。
その校則が生まれた経緯こそが伝統であるはずなのに、忘れてしまっている先生が多いことは中学の時に感じました。
「それが、三浦先生がこの学校に来た理由ですか?」
思わずそう訪ねたのです。
「それだけじゃねぇけどな。あとは、ワルいことしてるフリができる空間を作りたかった」
お金のための人がいて、同時に自分の考える理想の教育がある人がいます。ただただ、三浦先生の居るこの場所は居心地がいい。ワルいことをしているフリ、ごっこ遊び、それはファンタジーです。この学校は、学校の中なのに、ここではないどこかと地続きだからいつだって逃げられる。卒業を少し憂鬱に感じます。
「ちょ! 言い方!」
すずめさんのバカ笑いが聞こえてきました。
「いいじゃない! 一緒にハーブキメましょ?」
ものすごく語弊があります。その文脈だと違法な草に聞こえますが、合法のものしかここにはありません。要はハーブティーです。
「ローズマリーじゃん!」
ただ、合法のハーブにも中には薬効が強いものが存在します。ローズマリーはその一種で、うつ病に対して微弱ながら効果を発揮すると聞いています。
民間療法としては十分でしょう。
「そ、一番キマるハーブ」
語弊が……語弊が……。
「な? ワルいフリって楽しいだろ? それも許してもらえないと、今度は本当にワルくなっちまう」
でも、確かにそんな気がします。だから、無害で安全なワルごっこをやるべきなのかもしれません。
……既に、アロマスティックを吸っているのですがね。
それで満足できない人もいるでしょう。でも、やらないよりは三浦先生の言うところの本当のワルにならずに済む人が増える気がします。
「ちなみに、このアロマスティックで一番キマるのは?」
なので、自分中のアナーキストを開放しましょう。ここはそれが許される場所です。
「ないんだな、それが!」
質問した俺が馬鹿でした……。
ただ、三浦先生の馬鹿笑いは本当に清々しいものです。
「オヤジ、シーシャ入れようって言ってんじゃん!」
男子の先輩は、キマる方法を知っていたようです。
「嫌だ! くそマズイから!」
三浦先生は試したことすらあるようです。
「向こう、何話してるの?」
すずめさんは、この保健室で仲良くなった女子の先輩に結構甘えています。なんというか、彼女はちょっと退廃的なギャングの姉御といった雰囲気です。
「ん? いますずめちゃんが飲んでるローズマリー、それをねタバコみたいに吸うとトリップできるって噂があるの。でも眉唾だし、私はオヤジに賛成」
その、ちょっとダウナーかつ甲斐甲斐しい雰囲気をすずめさんは気に入ったみたいです。
ただ、なんだか娼婦のようにも見えるのです。それも、高級娼館に勤めているような。一体どうやったら、未成年でその色気を出せるのでしょうか……。
「やったことある?」
いや、ものすごく懐いていますね……。ちょっと姉妹みたいです。
「ないわ。口が臭くなるからね?」
もう一瞬で理由がわかってしまいました。彼女はとても美意識が高いのです。
「おい、ちょっとローズマリーこっちによこしてくれ!」
彼女のそばにはローズマリーの入った袋があります。それがものすごく大きいのです。絶対業務用です……。
「えー、あれやるの?」
彼女は渋々ながら、それを三浦先生に渡しました。
「まぁ、新入りもいるってことで」
三浦先生はそこから、ローズマリーをひとつまみ取り出すと、それに火をつけました。
漂ってくるのは、いい香り……。と思いきや、すぐに最悪の匂いに変わったのです。先生が窓を開けていてくれて助かりました。匂いはすぐに消えたおかげで、部屋にも残らないでしょう……。
「合法だが、臭い! よって、俺のそばではダメ!」
しかし、ダメかどうかの判断は最終的に三浦先生の好み。こっちのほうが、納得できるものでした。
そして、既に十分アナーキー。だから、我慢もできようものです。
三浦先生とそれ、取捨選択で三浦先生を選んでいるのでしょう。
「オヤジが嫌いならしゃーねーけど、俺は主張するからな!」
「ふはは! いつでもかかってこい!」
いや、むしろそれも会話を盛り上げるためのスパイスだったかもしれません。
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