第34話・太陽の蛍
一面の青い空、自殺防止のためといえ、ポリカーボネートで作られているのは少し残念です。きっと胸のすくような匂いがするものでしょう。こんな晴れの日は、欲を言えば高いところで駆け回りたいものでした。
「気持ちのいい天気ですね」
とはいえ、それには変わりなく。
「うん!」
空に向かって両の手を拳にしては突き上げて、すずめさんは背をぐーっと伸ばしていました。
そんな時です、チャイムが鳴り響き、おそらくホームルームが始まったでしょう。
「ふふふ! サボってしまいました。これで俺も不良ですかね?」
自発的にサボるというのは初めての経験です。それは、俺にとって背徳感がある行為。だから、非日常的で楽しかったのです。
「アキラが不良だったら、みんな不良だよ!」
すずめさんはそう言って笑いました。なんだか少し、気分が清々しいようで、ここに連れてきたのは間違いではなかったような気がします。
「そうですか? こう見えてワルですよ?」
そう、中学の時です。それは俺にとって、一瞬前の人生。そして、今のところ人生最大の悪ガキ時代でした。
「どこか!?」
そんなに優等生ではありません。少し恥ずかしいですが、そんな過去も明かしてみましょう。
「両親に言ったのです。曖昧ではっきりしない答えばかりをいうのは、答えを決められない愚か者の行為ですとか、そういった反抗的な言葉を」
両親にそんな暴言も吐きました。ですが、今はわかります。はっきりと、善悪に分けられることなどさして多くないことが。
物事を大きな括りにすればするほど、答えは抽象化することを。
「それって悪いの!?」
すずめさんは、きょとんとした顔をしてらっしゃいました。
「えっと……。未熟で、一方的に他者を愚かと言ってしまいました。恥ずべき行為です……」
しかし、そのような抽象的な言い方すらも、場合によって用いるか用いないかを吟味したほうが良い。確か、アリストテレスがそんな考え方でした。
「なんか、アキラって哲学者みたいなところもあるね」
哲学者と自分を言うには、まだ俺は未熟だと思っています。
「どちらかといえば、哲学徒ですね。勉強中です」
人間らしく豊かに生きるためにも、哲学は唾棄できないもの。少なくとも、俺はそう思っています。
「そっか……。アキラの話しは難しいなぁ……哲学なんてハードルが高いよ」
なんて、すずめさんは言いました。でも、俺はそうは思っていないのです。
「答えの出ない問題です。だからこそ、誰でも考える権利がある学問だと俺は思っていますよ」
学ぶと学ばざるとに関わらず、誰もが考えてよくて、そしてまた誰もがふとした時に考えていたりする。だからこそ、哲学に興味があるのです。
「そっか……。ねぇ、アキラ。なんでこんなに付き合ってくれるの? 彼女でもないのに……」
彼女の息抜きの助けになれれば、それは俺にとって幸いなことです。
幸いだから……というのは理由にならないでしょう。そこに更になぜと投げかけられているのでしょう。
「友人であるから。それ以上の答えはないですよ」
そう言って俺は微笑むのです。すずめさんが安心することを祈って……。
「友達ってそうなの?」
すずめさんは、たずねました。その問は悲しかったのです。
「これまでそのような友人はいませんでしたか?」
それに帰ってくる、答えが分かってしまうから……。
「いなかったなぁ……。友達って言っても、みんなマウント取り合ってた。友達だけじゃない、親も、先生も……」
きっとそうだったのだろうと思っていました。だからこそ、いつ嫌われるのかわかったものじゃない。そんな環境、周囲は敵だらけと感じる気がします。
「もみじさんとナツさんはどうですか? マウントの取り合いと感じますか?」
証明したい。彼女に……。
困ったときに全力で助け合う、お互い様な友達のあり方が存在することを。そして、俺もそうだということを。
「しないから、戸惑ってる。わからなくて、正体不明だから、不安で……」
だけど人間は、理解不能を基本的に嫌います。それはそうです。考えることは、基本的にめんどくさい。“わかりづらい”は、“敵である可能性を否定しづらい”です。
「そうですね。わかりづらい人って、付き合いづらいですね。でも、一つだけ保証します。俺はすずめさんの味方でいたい」
だから、手っ取り早く、敵でないと言葉にしてしまいます。でも、だからといって信じられるものではないのもわかっています。味方の顔をして近づいてくる敵なんていくらでもいるのですから。
余裕があれば、騙されたらその時はその時となるでしょう。でも、崖っぷちだったら、裏切られれば即死です。だから、すずめさんの心は警鐘を鳴らすのかなとも思います。
「ありがとう。なんとなく、アキラが酷いことをするっては思えないよ。でも、なんとなく、嫌われる気もするんだ。そうならないように、離れちゃえって思ったり、本当にわけわかんないね私……」
そう言って、すずめさんは自嘲気味に笑うのです。その顔の、なんと悲しいことでしょうか……。笑っているのに、まるで泣いているかのよう。
それは、青い天井に輝く蛍光灯のような笑顔でした……。
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