第33話・乖離
しかし、そんな日常の歪みを感じたのは次の日のことだったのです。
「すずめちゃん? どうかしたの?」
要さんとすずめさんは二人共登校が早い方のようです。二人共、俺が教室に着く頃には、会話している。今日もそんな日でした。
「あ、えと……。どうもしない、と……思うんだけど……」
ただ、すずめさんはなんとなしに上の空でした。まるで、声が彼女を素通りしてしまうかのような……。
「ほら、アキラくん来てるよ! 悩んでるなら、聞いてもらえば!」
いつもだったらすぐに気付いて、目線を向けてくるすずめさんも、この日ばかりは要さんに言われてようやく気づいたようでした。
「あ! えっと……おはよ!」
満面の笑みはどこか嘘くさくて、表面に貼り付けた仮面のようにすら見えました。
「おはようございます、すずめさん。それに、要さんも」
まずは観察ですね。なぜそうなのかを、理解しなければきっと何も始まりません。
「おはようアキラくん! 昨日は楽しかった! ありがとう!」
一方の要さんは、どんどんとポジティブになるばかり。笑顔が増え、積極的に気持ちを話すようになりました。
「それは何よりです! 俺も楽しかったですよ。お二人のデュエットが一番、印象的でした」
ただし、健全な男子高校生には毒でした。なにせ、あのお二人のデュエットソングは煽情的に過ぎます。
「アキラくんの歌も、優しくてボク好きだなぁ……」
なんて、要さんがいうもので、少しばかり照れくさく感じたのです。
そんな時です、すずめさんは急に席を立ちました。
「ごめん……」
そう言って、どこかへと行ってしまうのです。
「追いかけても?」
答えを聞く前に、俺の足は既に踏み出していました。
「うんボクも」
そう言って、席を立つ要さんを手で制して、走り出したのです。
校則なんて、知ったことじゃない。緊急時です。今だけは、破らせていただきます。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
すずめさんは、廊下の片隅でうずくまっていました。
「すずめさん、どうしたのですか?」
なぜ彼女走り出したのか、俺にはわからないのです。ただ、今の顔が辛そうに見える、それだけはわかります。
少し、沈黙が流れました。そして、ゆっくりとすずめさんが言います。
「わかんない……。わけもわからないのに、心がざわざわして、そんなはずないのにアキラに嫌われることばかり考える……」
あぁ、もう。それでなんでこの人は自分を責めるのでしょうか……。
考えてしまうだけでつらいことです。誰かに嫌われることはしんどいことです。
そんなことはないと、口にしてもらえばいいだけなのに。本当に、我慢強すぎますね……。
「頭で考えることと、気持ちが乖離してしまうのは、よくあることです。頭で考えたことを、否定されるたび気持ちは思考を信頼できなくなっていくのだと思うんです」
きっと、その土壌は既に出来上がってしまっている。俺がすずめさんを嫌う理由など、何もないというのはわかっている。なのに、何故か不安で自分の心を攻撃してしまう。
彼女の自己愛性障害は、そういった症状なのでしょう。
「私……めんどくさいこと言ってる。彼女でもないのに……」
だから、彼女になっていただくのは先のことにしているのは俺です。
こんなにも心優しい人が、彼女になってくれたらそれは幸せなことでしょう。
「構いません。そばにいます。ただ、どうせです。屋上にでも行きませんか?」
薄暗いここはそれだけで、雰囲気が良くないと思います。今日の天気は快晴、いつもより高い目線で、青い空の下で語る。そちらのほうが、幾分かマシに思えます。
「もうすぐ、ホームルームだよ?」
あぁ、確かにそういえばそうですね。
「すずめさんは皆勤賞を狙っていますか?」
だとすれば、お誘いするのは少しまずいかもしれません。
「アキラが狙ってるんじゃないの? 優等生だし」
確かに、俺は成績は悪くありません。言っても、上には上が居るでしょう。
「友人に比べれば、あまり興味のないことです」
ただ、一番の関心は友人に向いています。成績も大事ではないとは言えないでしょう。一人の人間の方がずっと俺にとっては大事なのです。
「じゃあ、一緒にサボってくれるの?」
すずめさんは、不安そうに俺を見ています。
「俺がお誘いしたのですが……」
今更断るわけもございません。誘ったのは俺、その言葉の責任は全うします。
「そっか……じゃあ、甘えていい?」
少しだけ、すずめさんの表情は和らいだように感じます。
「もちろん! さぁ、いきましょう!」
この学校は、かなり新しい学校です。おかげで屋上は金網で仕切られているのではなく、サンルームのような休憩室があるのです。生徒はそこに自由に出入りできます。
確かビタミンDは、太陽光を浴びないと合成できない栄養素だとか。そしてそれは、幸せを司るセロトニンの合成材料だとか。
太陽光が必要な学生のための、日向ぼっこの場所です。たまには、そこでダラダラと過ごしてみましょう。
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