第32話・愛の歌

 もう、このまま続けばいい。そんな平穏な日でした。

 確かに小難しい話題があったりと、問題がなかったわけではないです。ただ、周りの全員が笑っているのが俺には心地よかったのです。


 学校の終わりにはすずめさんが俺や、要さんを誘ってくれました。浮き沈みは激しいですが、これまで人間関係がうまくいかなかった人なんてそんなもの。浮いて沈んでを繰り返して、ちょうどいいところまでこれればいいと思うのです。

 廊下で、もみじさんたちと合流して、そのまま談話室へと行きました。そして、今日も高校生らしくカラオケ……なのですが。


「二人だけの甘い秘密の果実、今夜は私が食べてあげる」

「貪られる度に、甘い声がこみ上げるの。口をついて、漏れ出す」


 お二人、なんて歌を歌ってらっしゃるのでしょうか……。

 放映中の百合アニメの主題歌なのは知っていますとも。ただ、そのアニメは地上波放送ギリギリで、深夜だからなんとか放送できているようなもの。

 従って歌詞も歌詞です。もう、センシティブもセンシティブ、R-18の境界線上で反復横跳びするかのようです。

 要さんも要さんです。なんでそんなに吐息を含んで熱っぽく歌うのか。おかげで、ナツさんなど真っ赤です。


「煽り上手の床上手、そんなあなたがかわいいわ。震えて見つめて、私の枷を外したいの?」

「そう、ずるい女は嫌いなの? 愛されるためならなんでもするから、この手を離さないで」


 あぁ、もう。ナツさんには羞恥地獄なのでしょう。そう思って、彼を見やると、かえってポカンとしていたのです。


「「もう離れられない、愛の鎖の繭に包まって、ひとつになりましょう!」」

「もう、逃げ場なんてないから」

「もう、逃げたくなんてないから」

「「ただ、二人で……」」


 なんというか、女子高生二人組に歌わせていい歌なのでしょうか……。


「いいわよー! 二人共色っぽいわー!」


 そんな歌を歌った二人に、全肯定もみじさんである。


「おい、もみもみ。床上手ってなんだ?」


 なるほど、だからナツさんは固まっていたのですね。言葉がわからなかったから、羞恥心が薄らいだと……。


「それはね、エッチが上手なことよ!」

「まっ……」


 あんまりにも自然にすんなりと答えるもので、止めることはできませんでした。


「なななな……」


 そのまま、ナツさんは頭から湯気を吹き出してうずくまってしまったのです。

 しかし、ここまで性に疎い高校生も少ないと思いますが。


「要の声綺麗!」

「え……えと、ありがとうございます。すずめさんも綺麗ですよ!」


 確かに要さんの声もとても綺麗でした。女性的で、それでありながらハスキーで、なのに儚いから可愛らしくて。なんというか、守ってあげたくなるタイプとでも言いたくなる感覚です。


「ひゅー! 歌の延長戦でカップルに見えるわ!」


 歌の内容のせいで本当にそう見えてしまいます。


「そういえばさ、アキラの歌聞いたことないけど?」


 すずめさんは、不意に話題を変えました。


「言われてみれば歌ったことが……」


 そう言われて俺は思い出しました。俺は、自分で歌を歌う目線で覚えた歌がほとんどないのです。これまで歌ってきた歌といえば学校の合唱です。


「でしょ!? 聞いてみたい!」


 すずめさんは思い出している間にすっかり興味を持ってしまいました。


「あの……絶対に笑わないと約束してくださいね。実は、カラオケ初挑戦です……」


 そう、合唱以外で歌ったのは初めてです。とはいえ、何を歌いましょうか……。

 そうだ、合唱曲なら経験がありますし。


「ダメ!」


 すずめさんに予約を取り消されてしまいました。


「せっかくの初体験よ! 普段歌ったことないジャンルのほうがいいとアタシも思うわ!」


 逃げ場がないやつです。

 もう破れかぶれで、俺はよく聞く女性アーティストの歌を入れました。


「なんか優しい旋律……」


 ただ、これを歌うのは本当は気乗りしません。


「一つ、一つ、歩く君の、今は大きな手も可愛くって。真っ赤だった、その顔もいつの間にこんなに凛々しくなったの?」


 きっとこう思われながら俺は育ったのでしょう。そして、願わくばいつか生まれてくれる我が子にもこのような思いを向けたいのです。


「ママだーー!」

「ママぁああ!」


 だから歌いたくなかったのです。俺自身父性で共感しているつもりなのに、この歌に強く共感するのは父ではなく母だったのです。

 この歌を携帯に入れているのを見つかったとき両親に言われましたとも“ママみたいなパパになるのか? それともママになるのか?”と。俺はパパらしいパパになるつもりでいますのに……。


「それでも、可愛くって。大きくなっても、つながっていて。もう何も、いらないよ。だから、自由に思うままに。そう君は、君の道を、ただ思うままに歩けばいいだけ……」


 でも、父も母もそのように育ててくれました。恩返しは固辞されてばかりです。したつもりもないのに、親孝行と言われこれほど甘やかされていいのかと思うばかり。でも、それでも両親以外の人がおっしゃってくれるのです。立派だと……。


「だけどたまに、帰ってきてね。元気にしてる、声を聞かせて……」


 この歌は、俺が親にもらった愛をそのまま言語化したような、そして子どもにそのまま受け継ぎたい思いを反映したような歌です。俺にとって、とても大事な歌なのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る