第27話・断鎖の愛
きっかけは一言でした。
「ごめん、ちょっとだけ、二人で話したい」
すずめさんは俺に対してそういったのです。それは本来ならば恋を予感される言葉。だけどそのときは、全く何も思い浮かばなかったのです。
俺だけではなく、一緒にいたもみじさんもナツさんも、そして要さんもでした。
そして、俺とすずめさんは他の三人とは別に二人で隣の談話室に入ったのです。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「アキラ……今日……本当にごめん」
彼女が俺に謝ることなんてありません。あったとしたら、それは全て要さんへで、そしてその謝罪責任を彼女はしっかりと果たしています。
「すずめさんは何も悪くないですよ。でも、優しいので、人を傷つけていないか常に気にしてしまうのですね?」
彼女の問題は、否定されてきたが故の度が過ぎる優しさです。全ての攻撃性は現段階で自分に向いています。
「優しくなんて……」
そして、賞賛の言葉も既に受け取れない。受け取ったふりくらいはできるのです。ですが、心の底からそれを受け入ることは依然として不可能のまま……。
時間はかかるでしょう。だって、経験がないことなのです。
個人的な予想ですが、それは本来三歳までに経験すべきこと。そして、経験できなかったのであれば……。そうですね、彼女の今の年齢であれば15年と考えています。
全く根拠はありません。感覚的にです。
「優しいんですよ。だって、あなたは要さんを受け入れた。そして、積極的に話しました。俺たちのコミュニティの中で、紅一点だったあなたの立場を崩しかねない要さんを」
受け入れてくれなかったら、少しまた考えるつもりでいました。もちろん、彼女の説得も視野に入れつつ、要さんをできるだけ傷つけないように。
でも、それはそれで傷つかなかったような気もするのです。だってそう、そのときはすずめさんが要さんを女性としてライバル視した可能性が高いから。
「そう……かな?」
すずめさんの目は泳ぎました。そして頬はほんのりと赤く染まりました。
「俺はそう思いますよ」
だから、すずめさんが好きなのです。
「本題! あのね、アキラ……。今日は、いいよって言わない。代わりに、食べて?」
それは蠱惑的に、心臓に突き刺さるように響いたのです。
歌にも現れる、最たるものでないにしろ、技術のあるその表現。まるで男を殺すかのようです。
「いけません。俺たちはまだ高校生です」
高鳴る心臓を無視して、その言葉を拒みます。
でも、彼女は扉側にいて、俺は部屋の奥側にいました。
「じゃあ、どうしたらいい? どうしたら、私のこと好きになってくれる?」
すずめさんは、半歩ずれてドアノブを体で隠します。
本当にどうしたらいいのでしょうか。俺だって、男子高校生なのです。今や思春期真っ只中、性欲だってもちろん存在します。
そんな年代の男が、この魅力的な女性から、性的誘惑を受けているのです。それはもはやまるで、脅迫のようです。
それでも、今は恋仲にすらなってはいけないのです。理由のない友人でいなければならない。そうじゃないと、彼女へ無償の愛を証明する機会を永久に失ってしまう。そんな気がしてならないのです。
「何もする必要はありません。俺は、すずめさんが大好きです」
だから、友人としてのそれを投げつけるしかありません。彼女が払おうとする、性という対価を受け取ってはいけないのです。
「好きって何? どうしたら確かめられるの? 私、わかんない! だから、襲ってよ! そうしたらわかるじゃん! 少なくとも私がアキラの性の対象だって! 価値が有るって!」
どうして、彼女はこんなにも自分の価値を認められないのでしょう。
一言一言に悲痛が込められてて、俺が泣いてしまいそうになります。
「そんなことしなくても、あなたは魅力的なんです。何をしてもらう必要もない! 俺は間違いなく明日も、教室を訪れて一番にあなたに声をかけます! 私にとってあなたはもう十分にかけがえないんです!」
だから俺は全力で叫びます。すずめさんが大切だと。
すずめさんに幸せになって欲しいから、俺は断らなくてはいけないのです。今のこの愛を、ただの性欲であると見せてはいけないのです。
「かけがえなくないじゃん! もう代わりがいるでしょ!? 要ちゃん、アリなんでしょ!? アキラは男とか女とか関係ないんでしょ!? 大体さ、アキラは私なんかよりよっぽど優しい! こんなゴミクズの私が一緒にいて救われてるの! 恋人だって……絶対すぐできちゃうでしょ……?」
あぁ、なんて、なんて溜め込んでいたのでしょう。
自分がゴミクズで、俺がすぐに恋人も作れるような存在。そんな風に思っていたら、俺は一日で心を押しつぶされます。二日目には、その攻撃性が相手に向かってしまうでしょう。
「抱きしめてもいいですか?」
ええわかっています。俺が抱いているのは恋心です。
懸命にじっとこらえ、それでも優しくあろうとする彼女がどうしようもなく好きなのです。でも、今だけはどうしてもダメだ。
「やだ……。だって、私のこといらなくなるんでしょ?」
そんなことあるはずがないのです。
迷宮のように入り組んでしまった気持ちが、そのまま彼女の言葉に現れました。
「なるわけないですよ。どうやって証明していいかもわかりませんが」
すずめさんは少し考えて、そして言いました。
「抱きしめてくれたら、今日は我慢する……」
とても甘えたような言い方でした。それはひどく可愛らしくて、本当になんだか、愛しさを覚えたのです。
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