第26話・学生賢人会

 職員室に行くと何故か我が物顔で、雷太さんが食事をしているので、思わず面食らってしまいました。


「いやぁ、ほんとサーセン! 謝りに着て、メシまでもらっちゃうなんて……」


 一応食事を結構余裕を持って終えられる程度の長い休み時間なのですが……。

 しかしとて、彼は賑やかです。多少無礼な部分はあるものの、それを補ってあまりある魅力があれば、あばたもえくぼとなります。


「言ってるじゃないですか! 助かったって! だから、いっぱい食べて!」


 茜先生も雷太さんをもてなしています。食事をしている雷太さんの表情はとても楽しそうで、教師と生徒とはあまり思えないです。


「いやぁスンマセン! そろそろ、俺食えねぇっすわ……。それより、お客さんっすよ!」


 雷太さんの欠点とは、このちょっといい加減な敬語です。でも、その分人格が礼儀正しいので話していたら全く気にならないでしょう。


「あ! ママにもみじちゃん! いらっしゃいいらっしゃい! ほら、拓海先生も来てください!」


 職員室での茜先生はかなりヒエラルキーの上位に位置するようです。感じた限りで、実務能力がとても高い先生です。きっとそれが原因でしょう。


「はい!」


 拓海先生はすぐに書類をおいて、茜先生のところへ来ました。

 担任が茜先生に移っていることで、今は茜先生のデスクで話すみたいです。


「おぉ! アキラ君っすね! 雷太です。よろしくお願いしたいんすけど、どうっすか?」


 ちょっとチャラいですね。でも、それ以上に笑顔が印象的です。こちらに好意的な態度を取ってくれています。


「もちろんですよ! こちらからもよろしくお願いします」


 そう言って、握手をすると、雷太さんはおどけたように言いました。


「いやぁ、ママっすわぁ……。表情も声も柔らかいっすもん!」


 誠に遺憾です。


「ぷっ、あなたみんなにママって言われてるのね!」


 おかげでもみじさんにまで笑われてしまいました。


「んで、よければ!」


 雷太さんはそう言って、もみじさんにも握手の手を伸ばしました。


「あぁ、そうね! もみじよ! よろしくね!」


 もみじさんはそれを快く受け入れました。


「よろしくっす! でも、今日はここまでっすかねぇ……」


 そんな時でした。雷太さんが諦めた顔をしたところに、茜先生が言いました。


「んー雷太くんなら割と参加してもらったほうがいいかも。この子のお父さんは社長さんで、精神障害者雇用枠の有効活用について考えるために入学したってきいてるから」


 そういえば、そんな雇用枠が平成30年に決定していましたね。

 もちろん意義のある取り組みではあると感じています。一方で、それが経済活動の妨げになることは好ましくないのです。

 また、自分は辛い状態なのに精神障害と診断されていない人が、不公平であると感じる場合もあります。本当に、どのようにしたらよいのかわからない問題です。


「お父さんが社長なんてすごいじゃない!」


 もみじさんのおかげで思い出せました。それだってすごいことです。


「それほどでもねぇんすわ……。ボンクラなんで、とりあえずオヤジにできないところからって感じっすかねぇ……」


 立派な人でした。雰囲気は少し軽薄に感じますが、でもその実自身で成長しようと努力しています。


「どうしましょう、もみじさん?」


 俺はもみじさんにも一応の了解をとります。何よりも警戒しているのは、風紀委員としての“業務”であることが露見することです。


「いいんじゃない?」


 そんなことで、俺たちの活動は輪を広げていくことになりました。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 一通りこれまでの議論を雷太さんに共有し終えると、彼はワナワナと震えていました。


「いや、マジ聞いてよかったすわ! オヤジいま苦労してるんですよ……。ぶっちゃけ、若者世代だけの問題じゃないって聞いてます。おっさん世代でもフツーに自己中だったり恩着せがましかったりって人は割と増えてて……。ぶっちゃけ、他人を否定して強い言葉を使うのって、それはそれで承認欲求なんすよね……。俺の常識はこうだ、だからお前も認めろっていう、自分の培ってきたものに対する承認を求めるような……」


 そして、新たな知見が開けました。

 たしかに、言われてみればそうです。承認される必要がなければ、殊更に他人を否定する必要もない。


「アタシ思うのよ、人は誰かに承認されなきゃ生きていけないって。これ、アタシの妄想かしら?」


 もみじさんも凄まじく賢い人です。なぜ、それに専門知識なしでたどり着けるのでしょうか……。


「妄想ではないです。マズローの五階層欲求という考え方があります。そこでは、自己実現の欲求を除く四階層を欠乏欲求としていて、不足すれば求めずにいられないとされています」


 俺の読んだ心理学のテキストに書いてあったことです。ただ、これにも問題があります。理論構築の際の被験者が1人しかいないため。1人の被験者と、リンカーンやアインシュタインといった歴史的人物の生涯を参考にして構築された理論なのです。だから、信憑性は疑わしいとされています。

 とはいえ、唾棄すべきものというほどにはならないでしょう。


「あら? そうなの?」

「ヤベーっす。言われてみればふわっとっすけど理解できるっす」


 なんでしょうか。ここの学生にはたまに、飛び抜けて優秀な人がいます。

 あるいは、優秀だから心を病むのでしょうか……。

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