第24話・綿帽子

 食堂に着くと、もみじさんは言いました。


「ねぇ、要ちゃん。ジェンダーに関するお話していいかしら? 私たちのお話」


 もみじさんは、自分とナツさんのお話であるようにそれを語ります。

 とても配慮があり、お二人からの視点だからこそ分かることを知ることができそうです。


「はい……」


 要さんが答えると、その時に最も真剣な表情を浮かべたのはナツさんでした。


「すずめ、ごめんな。例えばだ、俺が要にお前が女の子だって紹介したらどう思う?」


 そして、ゆっくりと優しい声で話しました。


「いや……かも。そっか……ごめんなさい」


 そしてすずめさんはある種落ち着いてしまったのです。


「それにな、わざわざ口にするのはどういうことかって考えるだろ? 要ほどそうしか見えなければなおさらだ。わかってくれるな?」


 なるほど。わざわざ女性ですと宣言するだけでも、暗にトランスジェンダーであることを白日のもとに晒してしまう。確かそれは、アウティングと言われていた気がします。


「うん」


 そう言うと、すずめさんは要さんに向き直り、そしてしっかりと頭を下げました。


「ごめんなさい……」


 すると、要さんは少し慌てたように見えます。


「え、えと! あの……。気にして、なかったです。女の子として扱ってくれて……」


 ただ、それ以上に要さんは自分がそう扱われるということ自体の印象が強かったのでしょう。そんな小さな失礼は見逃していました。


「あら? あなた、そういうところなかったの?」


 要さんほどの容姿だと男性として扱われること自体が稀であるように思います。


「えっと、はい……」


 それに思わず俺は首をかしげます。


「失礼だったら、ごめんなさい。誰かに声をかけてみたら、きっとすぐに友達になれると思うのですが……」


 その問は、俺にそれぞれの生きてきた環境の違いによって、行動に対するハードルがあまりに違うことを教えてくれました。


「人に声を掛けるのって難しくて」


 要さんの答えはそれだけでした。


「わかる気がするわ。多分あれでしょ? 親が、自分と同じ属性持ってる人を見てキモイって言いまくるやつ」


 もみじさんが、そこへ導かれる道を教えてくれました。

 たしかにそんなことを聞かされていたら、他人に自分からアプローチするのは難しいですね。


「はぁ、めんどくせぇよな。なのにさ、否定されんのは辛くて、自分をずっと出せないのも辛くて。なのに、画面の向こうでは誰かが自分を閉じ込めなくていいって言ってさ。わかんなくて、めんどくさくなるよな」


 ナツさんは本当にこの分野においては、一番の哲学者かもしれません。

 なぜそれがそうなるのか、道筋を考えて、でも答えは結局でない。


「正直にいうとね、アタシはアタシみたいなのが気持ち悪いって思われるのはしょうがないと思うわ。でもね問題なのは、それを言葉にして投げつけちゃうことだと思うのよ」


 もみじさんの言うことは最もです。それは、タダの暴言にほかならないのです。

 本当に俺自身この問題はどうしていいのかわからないのです。どのように取り組めばいいのか、だから本当に必要なのはきっと当事者の専門家さんでしょう。


「あの……ありがとうございます……」


 要さんはどうやら、この話が要さんへの忖度だと思っているようです。


「何が? 愚痴よ愚痴!」


 それは単純な話でした。


「おう、俺たちの愚痴だ。関連していろいろ吹き出しただけだ」


 ナツさんももみじさんも、ずっとその思いをどこかに抱えて生きてきたのかもしれません。


「そうそう、それよりもね。トランスジェンダー問題を騒ぎ過ぎて、シスジェンダーの人の権利を侵害しちゃうのも良くないわよね……」


 が、しかし謎です。もみじさんのオカマという性自認は一体何なのでしょう。

 彼曰く、男科男目オカマ種オカマと自分を表現しています。


「まぁさ、それより共通で不利益被ってる部分の解決からだろ!」


 単純明快、それには否定の余地がありません。

 しかして、なかなかに話は大きくなりました。


「あの、すみません。もみじさんはトランスジェンダーなのですか?」


 その部分、俺にはさっぱりわからないのです。


「うーん。定義する必要ってあるかしら?」


 言われてみれば、定義する必要性もそんなに感じはしません。そもそも、もみじさんとは友人で、お互いに恋愛感情の対象外。ここが確定したことによって、単純化することができました。


「おっしゃるとおりでした。もみじさんは俺にいろんなことを教えてくれた人。それで、いいのですね」


 だからこそ、二元論的に表現すると俺にとってもみじさんとの関係を維持することは正義です。

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