第23話・境界線

 昼休みに突入した時の話です。俺の席に、ホームルームでお名前を伺ったあの人がいらっしゃいました。


「あの……アキラ……くん?」


 寡黙で、おびえているようにすら見えます。

 彼女の身長は、女性基準でも少し低め。そして、声も低めなのです。変声期がきっと来てしまったのでしょう。

 背の低い方は声帯も短く、声が高くなります。それが彼女の態度の原因かもしれません。


「はい、こんにちは。要さんでしたか?」


 きっとホームルームで相談事など受け付けると行ったのでいらっしゃったのでしょうね。


「うん……。えっと……」


 相談したい。辛い気持ちは今どこかに抱えていらっしゃるのでしょう。

 でも、すぐに言葉にできなくて戸惑ってしまう。気持ちはあるのにと、それが自分を責めてしまう。そんなこと、俺自身でももう少し取るに足らないレベルですが経験があります。


「無理に言葉にしなくていいですよ。思いついたときにいつでも言ってください」


 その取るに足らないレベルでもなかなかに辛かったのです。全ての悩みは、自分の心の内からくる。そんなことをお釈迦様がおっしゃっていたように思います。


「う、うん……」


 すると、要さんは何か諦めたような顔をして去ろうとしまったのです。


「よければ一緒に食堂へ来ませんか!? 私の友人には、とても面白い方がいらっしゃいましてね。あなたのお悩みにも、少しアプローチ出来そうな人なんです」


 俺は、彼女を引き止めました。おびえているようにも見えたからです。

 だって、そうじゃなければそこで去ろうとする必要はないのです。自信の中にあるフラストレーションを俺にぶつけたっていいわけです。


「い……いいの?」


 やはり、本当にどこか怯えています。声が常に震えていて、ずっと俺を探っているみたいです。


「私もそうだよ! それと、アキラの友達にはトランスジェンダーもいるから!」


 すずめさんは急に会話に割って入ってきました。それがなぜか、俺の心に波紋を引き起こしました。

 理由は分かりません。ただ、良くないことが起こる予感だけがするのです。


「えっと……、悩みを共有できるかもしれませんよ!」


 私が思うに、トランスジェンダーという言葉を使ったり、性同一性障害や性不合など、ジェンダーアイデンティティに関する言葉を使うのは初対面のトランスジェンダーの方にはよくありません。


 だって、少しお顔立ちが男性らしい女性に、性別を尋ねるなど失礼極まりないのです。ここに関しては、トランスジェンダーだからとかは関係ないのです。


「うん……行ってみたい……です」


 あぁ、本当に手探りなのですね。最初は同級生として失礼がないようにという意識から敬語を使わなかった。でも感覚的に敬語を使わないと失礼かも知れないと思って、今は敬語を使った。そんな感じかもしれません。


「じゃあ、行きましょっか! すずめさんも!」


 しかしとて、今すずめさんに感じている危機感の原因すら俺には何もわからないのです。


「うん!」

「は……はい!」


 受け入れているように見えます。すずめさんは要さんを。なのに何故、こんなにも恐ろしく思えるのでしょう。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 教室を出て、廊下を歩きながら、会話を交わします。


「要ちゃんさー! めっちゃ髪綺麗だよね! シャンプー何使ってるの?」


 すずめさんはとても積極的に、要さんに声を声をかけています。


「えっと……パンテノです……」


 それはひどく女性的な会話で、ただこれまですずめさんがこういう会話をしたかと言うと疑問なのです。

 ただ、そのひどく女性的な会話が、要さんには心地よいみたいでした。彼女は少しだけ、笑顔を浮かべるのです。


「え!? 安いやつじゃん! いいなー! 元々の髪質がめっちゃいいってことじゃん!」


 褒められて悪い気がする人はあまりいないでしょう。それに、認められて悪い気がすることもあまりないのです。


「そんなことは……」


 要さんは少し照れた様子で答えます。


「あるよー! そうだ! もみじに、メイクしてもらお! すごいんだよ! アーティスト顔負けのオカマちゃんなの!」


 否定的な態度なんて一切ないこのすずめさんから、なんで俺は危機感を感じているのでしょう。急激な変化が故でしょうか。でも、その原因はなんとなく理解できるはずなのに……。

 そんな時、もみじさんたちと合流ができました。


「アタシの話?」


 俺にはわからないところも多く、もみじさんはまるで超人のように見えたりもします。


「あ、もみじにナツ! 新しい友達紹介するね!」


 それをもみじさんは、笑って受け入れます。


「ええお願い!」


 ですが、どこか目は真面目で何かを既に理解しているかのようでした。


「この子は要ちゃん! 女の子だよ!」


 こういうところはわかります。あまり好ましくないです。だからといって、すずめさんを排除することもできなくて、恐ろしくて。


「要です……」


 ただ、要さんは何も感じていないようで……。

 分かりません。本当に、何もかもがわからなくなっていきます。


「ナメないでちょうだい。オカマって言っても、男女の区別がないわけじゃないわ!」


 ただもみじさんは非常に上手かった。あたかも、自分に問題があるようにすり替えたのだ。


「仕方ねぇって、もみじは性別の境界にたってるからな!」


 それを、ナツさんがサポートします。本当にこれがなかったら……。

 薄ら寒いです。

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