第21話・みんなのママ

 ホームルームが始まりました。


「あれ? 希望呼称ない子多すぎない?」


 茜先生は、出席簿を開くなりそう言ったのです。

 言われてみれば聞かれた記憶がありません。


「じゃ、今日全員聞いていきます! はいじゃあ、出席番号一番から!」


 なるほど、茜先生は全員一斉に聞いていくことでそれを知るようです。

 この学校では希望呼称はかなり尊重されます。家庭環境が好ましくなかった生徒がほかの学校より圧倒的に多いからです。


「はい! 実はですね、既に希望呼称をどこかで先生たちに知ってもらっていたかと思ってて……」


 中には、いわゆるキラキラネームを付けられてしまった方もいます。そして、親がつけてくれた名前よりも、漢字本来が持つ読み方を希望する方もいらっしゃいます。

 きっと、ブラック君とか、シュバルツ君とかだったのでしょう。


「んじゃ、安形クロ君でOKね? じゃあ、夏休み前に手続きしましょう!」


 そんなわけで、この学校には自分の名前を好きになれない生徒も多いです。

 親にとってそれは悲しいかもしれませんが、この年齢までの間に自分の名前が好きになってもらえなかったご両親の責任です。15年もあったんです、名前に愛着を持ってもらうには十分な時間だったでしょう。


「ありがとうございます!」


 しかし、担任のローテーションで茜先生が来てくれて本当に良かったと思います。クロ君の表情はとても明るくなりました。


「ほかの子もですよー! あんまりな名前だったら、戸籍法107条の2っていうのに書かれてるけど、名前は変えられるから! ということで二番!」


 それを聞いただけで表情を明るくする人はこの教室に数人いたのです。現代でキラキラネームの問題は、これほどまでに顕著なのです。


「私は……そのままでいいです……」


 彼女は少し寡黙でした。


「わかった。じゃあ要ちゃんね!」


 そう言って、茜先生が次の生徒の点呼に移ろうとした時でした。


「だから! お願いします、男扱いしないで……」


 鈴のなるような美しいか細い声で、彼女はそういうのです。

 思わず驚いてしまいました。彼女の存在を知っていましたが、きっとそういうことなのですね。女子生徒じゃない可能性なんて、全然考えてなかったです。


「要ちゃん、大丈夫! こんな綺麗な子を男の子扱いしないよ! 不安な時は職員室にね! 先生、いつでも待ってまーす!」


 この学校に来る前の環境は良くも悪くも一般的な場所。時折、ちょっと変わった人ははじき出されてしまいます。彼女の過去も、思えば心が痛むのです。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その後も出席と一緒に希望呼称も全員が尋ねられました。

 そして俺のひとつ前の席の人は、おちょうしものだったみたいです。


「あいあい! 俺はぁ……いかずちのライトニングと呼んでくれぇ!」


 本当の彼の名前は雷人らいと君です。キラキラ度ゼロかと言われると、そういうわけではないのですが、彼は雷人らいと君と呼ばれても特段嫌がっている様子はありませんでした。


「ごめんね、厨二病患者の希望呼称は受け付けてないので!」


 この学校での希望呼称の受付の基準はだいたい家庭裁判所で名前を変更する場合と同じです。


「ですよねー! 茶化すような事してサーセンっしたぁ!」


 ただ、このように謝っているところを見ると、彼なりに警告しようとしたようにも思えます。ただ、それでも不快に思う人もいるかもしれません。また、名乗る勇気を失ってしまう人もいるかもしれません。

 この仕組みもなかなかに運用が複雑です。


「じゃあ次! ママ!」


 そんな風に呼ばれて、俺はもう反論せざるを得ませんでした。


「ママじゃないですからね! 愛邏です! 先生まで男子高校生捕まえて何言ってるんですか!?」


 困ったことに、これで俺のあだ名であるママはこのクラスに広がっていくことになりました。少しひどい話だと思います。


「まぁまぁ……。えっと、アキラ君。同級生からの相談とかはどうですか?」


 風紀委員であるという身分は、積極的に明かさない決まりになっています。ただ、同室にはバレるだろうとは織り込み済みです。

 それでいて、相談を受ける立場公表するかどうかという質問でしょう。


「そうですね。先生に言いづらかったら、俺も相談に乗りますよ。もちろん、俺でよければ……」


 なんて微笑んでしまったせいでしょうか、一部こんなどよめきも起こったのです。


「「「ママだ……」」」


 本当にひどい話だと思います。男子高校生捕まえて、クラス一丸でママ呼ばわりは。後で先生に抗議しに行きましょう……。

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