第20話・爆弾低気圧

 今日も今日とて教室に。学生ですので当たり前です。

 日々の繰り返し、この繰り返しの一回を観測したことで時間が生まれたなんて話もあるのですが……。


「アーキラ! おはよ!」


 この可愛いのをどうしてくれましょう。すずめさんが朝一番、抱きついてきたのです。


「いけませんよ? 男は狼ですよ? まかり間違って襲われたらどうするんです?」


 撫でることも抱きしめることもできないのはちょっとした拷問です。しかし、最近は本当に彼女の登校時間が早い。俺ももう少し早めてもいいかもしれません。


「いいよ? 今度は本当にいいよ?」


 かつての許可は防衛的だったことを感じていました。でも、今回は違うのでしょう。ですが、それはまったくもってダメです。


「あまりからかうものではありませんよ?」


 ですが、ここまで言われているのです。撫でるくらいはいいでしょう。

 でも、本当に心を許すのが早すぎる気がします。彼女はやはりもっと自分を大事に思うべきです。

 なので、頭に手を置いて少しだけ力を入れて彼女を引き剥がしました。


「やっぱり、私じゃ……って。あれ? 真っ赤だ!」


 まったくひどいものです。こんなことをして、俺の感情を確かめるなんて。

 でも、確かめないと不安でたまらないのでしょうか……。


「はい、すずめさんは魅力的ですから……」


 顔は暑いですし、確認されるのは恥ずかしいものです。

 でも、彼女にとって証拠になります。


「へー、アキラはちゃんと男の子でもあるんだね!」


 跳ねるように、歌うように、蠱惑的な表現は彼女の歌にもあったものです。


「ほかに何に見えます!?」


 流されそうになりましたが、絶対に見逃してはなりません。


「ママ!」


 即答するすずめさんが本当に心の底から遺憾極まりないです。


「ママじゃないですって! 同級生の、しかも男子を捕まえてママだなんて……」


 そんな時です、すずめさんの目がなんだか愉快そうに細められるのを見ました。

 視線は俺ではなく、背後に注がれていました。


「アキラく~ん? アレですね! やっぱりヒロイン属性のママタイプだったんですね!」


 背後には茜先生が居たのです。

 俺はこの先生が苦手かもしれません。すぐに俺でカップリングをするので。


「腐ってるぅ!」


 すずめさんは愉快そうに言いました。

 なんというか、彼女の情緒はコロコロと変わります。それが手応えにも感じますが、また危うくも思えます。


「先生は腐ってますよ! そりゃもう掛け算なしでは生きていけないほどに!」


 それはそうと、茜先生はオープンになったすずめさんを喜んでいるのか愉快そうに話します。

 本当は彼女は、もみじさんたちのクラスの担任です。


「そんなことよりも……どうしてここに?」


 ところでなのですが、すずめさんがまるで磁石です。そして、それを見て茜先生がニヤつくのが非常になんというか、自重を求めたいです。


「今日は担任ローテーションの日ですよ!」


 そういえば、そんな行事もあった記憶があります。

 教員全体で、生徒たちの抱える問題を、実感をもって理解するのが目的だそうです。また、担任の指導態度の問題発覚にもつながります。


「あぁ、もうそんな時期でしたか……」


 五月に入ってからの行事で、知らず知らず五月になっていたのです。

 最近は忙しくて、あっという間に時間が過ぎたせいでしょう。


「それよりも! すずめちゃん、明るくなりましたね! 最近話聞いてくれるみたいで嬉しいです。先生の授業はどうですか?」


 茜先生は暗に楽しいかどうかを聞きます。間には俺が居て、それがすずめさんに対して防壁として役立ったのでしょうか……。


「授業なのか疑わしい……」


 ちょっと控えめに戻ってしまいましたが、彼女はしっかりと答えることができました。


「んふふ! 授業っぽくすると、嫌な気持ちになるでしょ? だから、先生そうならないようにやってます!」


 茜先生はそう言って誇らしげに胸を張りました。それは素晴らしいことだとは思います。でも、性的な話題に触れそうなのは少し勘弁して欲しいものです。


「すずめさん、茜先生は楽しめてるかどうかを聞いてますよ」


 もしかしたらすずめさんは、肯定的な表現が避けられる環境で育ったのかもしれません。


「それは……とっても!」


 でも、思い直したのか彼女はとても素直に答えてくれました。


「ありがとう! じゃあ、先生これからもこの調子でやっていきますよ!」


 先生は現段階で頑張るという言葉を使いません。頑張れを受け取るには、今が肯定されている必要があるからです。

 頑張っていることを知ると、それは同調圧力として働くことがあります。そういったことも意識しなくてはいけない、非常にめんどくさい学校です。


「じゃあ、先生ほかの生徒たちの話も聴きに行きますね! 話してくれて、ありがとうでしたー!」


 それと茜先生はあえて砕けた敬語を使ったように思えます。


「嵐……」


 雀さんはそんな茜先生の印象をたったの一文字で表してしまいます。


「ですね!」


 言い得て妙です。茜先生はまるで嵐のような人でした。

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