第19話・幹

 部屋に戻ると、早速俺はもみじさんに話をします。


「もみじさん。今俺は先生たちと、友達みたいな関係で心理的サポートをする仕組みについて考えています。そこで、よければ力を貸して欲しいのです」 


 すると、もみじさんは驚いたような顔をしました。


「あなた、そんなに精力的に取り組んでくれてるの? もちろん、力は貸すわ! でも、なんで?」


 それほどおかしなことだとは思わないのですけどね。今は時代的にも、少し精神の問題に取り組むようになった時代です。それに……。


「小学校の時です。同じ生徒の一人が自殺が原因で、なくなりました」


 それがきっかけで、自殺という問題は俺にとって対岸の火事ではなくなりました。

 父が心理職、母が良き母であった俺が、それを見過ごしてしまったのです。心理学の勉強はその時から始めました。

 父のもっているテキストを借りて読みあさろうとしたところ、それは少し難しすぎるかもと父は新しいテキストもくれたのです。当然、父自身テキストも借りることができました。父は、俺の良き協力者です。


「なるほどね。今やあっちでもこっちでも自殺だものね……。私もそれを変えたいのよ。ただ、あなたほど自殺者のそばにいたわけじゃないけどね」


 そう言って、少し笑いましたが、もみじさんにとってはもっと身近だったと考えられます。だって、自分自身がそうなりかねない環境にいたのだと思いますから。

 だからこそ……。


「それでも、もみじさんは俺に世界が変えられることを教えてくれました」


 俺は無力じゃないと教えてくれました。

 学ぶべきことだらけのこの世界。俺にとってはもみじさんも先生です。


「そうね。あなた、世界を変えたかったのね?」


 もみじさんの言うとおりです。諦めていたことを、できると言ってくれた。


「その通りです! 自殺する人が少なくなる、そんな世界にしたいんです!」


 それが、俺の望みです。せっかく生まれて、自分から命を断つなんて悲しくないわけがないのです。深い絶望の果ての決断だと思っています。

 俺は、その絶望を減らしたい。ただ、傍から見ていても悲しいから。


「えっと、友達みたいな関係で心理的サポートをする仕組みね。一応、アタシはバーをやろうと思ってる。そうするとほら、本当は環境の対価だけど、お酒の対価って思ってもらえるでしょ?」


 なるほど、確かにそれは効果的かもしれません。それに、環境を維持するためのコストもしっかり回収できるでしょう。

 でも、それなら……。


「未成年はどうしたらいいでしょう?」


 法律で飲酒を禁じられるどころか18歳未満は入場すら禁じられます。俺たち高校生は、入場できないのです。


「正直、それを悩んでるわ……。それに、どうしても値段が高くなるみたいだし」


 しかし、もみじさんはそれを将来的にやるために既に準備をしているように思えます。


「行ったことは?」


 あったらあったで問題ではあるのですが……。


「あるんだけど、内緒にしてくれる? ママさんに迷惑かけたくないの」


 やむを得ないこともあるでしょう。その経緯などによっては。


「少し、その話を聞かせてもらっても?」


 だから、経緯を聞きましょう。多分、黙っている動機を得られると思います。


「なっちゃんがね、そのママさんと知り合いだったのよ。それでね、男らしさよりも大切なことがあるってアタシに教えたかったのかしら? 連れて行ってくれたの。そのママさん、本当にかっこいいのよ! それで、そのママさんとオカマごっこして、それが楽だったから本当にオカマになっちゃった」


 それは人生における重大な決断の瞬間でした。それがもみじさんの生きる理由になるなら、否定できないと思います。黙っている動機としては十分です。

 このことは覚えておきましょう。でも、聞かなかったことにしましょう。

 さらに、でも……。


「いつか会ってみたいですね」


 そんな素敵な人なら、ぜひ会いたいと思うのは当然でしょう。一応風営法違反ではありますけど……。


「じゃあ、お休みの時に!」


 ただし、それはダメなのです。一応、俺は法律は守ろうと思いますし、すぐにそのママさんに会わなくてはいけない理由もありません。


「まだいけませんよ。だって、18歳未満ですから!」


 一番守りたいのは何より、そのママさんです。風営法違反で刑が課せられるのは、その人ですから。


「え? でもちゃんとお酒は飲ませてくれないわよ?」


 ついでに確認できました。そのママさんは未成年にお酒を提供しないという、ことも。


「そのママさんが、風営法違反で捕まるのが嫌なので」


 だから、素直に理由を述べましょう。そんな素敵な空間は維持されるべきです。


「あ、そっか! じゃあ、卒業したら会いに行きましょう! それなら、風営法違反にならないわ!」


 こうして、卒業後はそのオカマバーに行くことが決まりました。それから、先生たちに一緒に会いに行ってくれることも。

 もみじさんも風紀委員になるのでしょうか。それに関しては、まだわかりませんでした。

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