第17話・小悪魔

 しかし、悩ましいものです。すずめさんに、俺が風紀委員であるということは、あまり意識させないほうがいいと思うのです。

 なぜなら、それを彼女が意識しているとき、きっと俺は友人ではなくなってしまいます。


「いいわよー! すずめちゃんー!」


 ですがそれはそれ、これはこれです。今は談話室でのカラオケを楽しみましょう。


「そんな声出していいのか!!??」


 ナツさんが言うとおり、すずめさんは少し色っぽすぎる声で歌っています。

 甘い可愛らしさに、蠱惑の息遣い。それはまるで、幼い悪魔のようです。


「え!?」


 ただ、ナツさんの言葉ですずめさんの歌は止まってしまいました。

 喉に引っ掛けるようなエッジボイスも、猫の鳴き声のようなフォールも素晴らしかったのですが……。


「えって!? だって、エッチじゃんよぉ……」


 きょとんとしたようなすずめさんの顔、それにナツさんはさらに困惑します。


「普通だと思うけど……」


 いやしかし、そんなわけはないと思うのです。だってすずめさんは、俺に対して性的な誘惑をしてきた。


「すずめさん、今の歌い方がとても扇情的であることは?」


 確認をしてみましょう。気になることは様々です。


「うん。知ってる。でも、みんなやってるし……」


 彼女のその色気を出す技術は一級品です。だから、人を赤面させるなんて造作もない。彼女が自覚していないのは、多分自分の技術レベルです。


「あ、すずめちゃん! 動画とかと比べてないかしら?」


 思いついたようにもみじさんが問いました。


「う……うん」


 すずめさんも俺もまだ高校生です。言葉を使いこなせていないところや、認識範囲の狭さはよくあることです。


「すずめちゃん。動画出してるような人はね、少なからず自分の歌に自信が芽生え始めてるのよ! それで、あたしたちの目に止まるのは大抵、その中でも評価されてる人。歌のすっごく上手な人なのよ!」


 もみじさんは、すずめさんをビシッと指さしました。それは暗に、すずめさんがそのレベルだと言っているのでしょう。


「え? でも、私なんて……」


 すずめさんは、その評価を簡単に受け入れられないようなのです。


「自己肯定感ひっくいわねぇ…‥。どうせ、たくさん練習したんでしょ? 上手く歌えて当然だって自分に言い聞かせながら……」


 なんでしょう、すごく威圧的な態度でものをおっしゃっていますが、内容はとても肯定的です。


「う、うん……」


 すずめさんは、いろんな努力をしてきたのだと思います。


「あなたの努力は実っているのよ! ほら、なっちゃんを見なさい! 真っ赤じゃない!」


 お説教のような態度です。でも、証拠付きですずめさんを褒めています。全く止める必要もないでしょう。むしろ、もみじさんに任せておきたいです。


「は、はい! あれ? 褒められてた……」


 すずめさんは、勢いで強引に謙遜する機会を逃させられていたのです。もみじさんの狙いはこれだったのでしょう。


「そうよ! あなたすごいわよ! いっぱい努力したのもわかるわ! そして、今のあなたの歌は素晴らしかったわ! だから最後まで聞かせて頂・戴!」


 そう言って、もみじさんは今まで歌っていたすずめさんの歌は再度カラオケの機械に予約しました。採点機能付きで……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 歌い終わると、採点結果が画面に堂々と映ります。


「え!?」


 結果は97点減点理由は全て音程の正確さによるものですが……。


「うーん機械採点だとこんなものね。すずめちゃんがあえて外してるのをわかってないわ……」


 そう、そういった表現を行ったように俺にも見えました。本来は存在しないフォールや、独自の解釈に基づいた表現なんじゃないかと思っています。


「う……うぅ……エロい……」


 そして、その音程が外れた部分が全て色気を孕んでいたのです。だからナツさんはもう、顔が真っ赤でした。


「えっと、もしかして、私うまい?」


 機械にまで賞賛されたすずめさんは、その賞賛から逃れる術がもはやありません。


「とってもうまかったわよ! オリジナリティを出す努力も感じたわ! 将来は歌手かしら?」


 なんというか、可能性は十分だと思います。それに、彼女の色気はあまり見かけないタイプです。

 俺が詳しくないだけかもしれませんが、基本的に色気はカッコよさとセットだと思っていたのです。


「全くですね。結構歌い込んでますでしょ?」


 数回程度の歌い込みで、ここまでこの歌を自分のものにできるわけもありません。


「う、うん……」 


 しかし、すずめさんの表現力でエロスは実は大したものではないことを俺たちは後から知ります。

 彼女が最も強烈な魅力を放ったのは別の分野でした。


「次は、エッチじゃないやつにしましょう! なっちゃんが死んじゃうわ!」


 もみじさんの言うとおり、ナツさんは頭から湯気が出んばかりだったのです。


「頼む……」


 その声は、本当に切実でした。

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