第15話・紅葉の枝に雀

 昼休みになると、もみじさんとナツさんは問答無用でやってきてくれます。


「おーい! すずめー! アキラー!」


 ナツさんなど大声で俺たちの名前を呼びながら。

 ふと、すずめさんに目を落とすとまたしてもほっとしたような表情をしていたのです。

 いい傾向かもしれません。すずめさんにとってビジネス的だった愛情を、もしかしたらそうではないのだと証明できているのかもしれない。ただ、そうであってほしいのです。


「ご飯行くわよー!」


 大声はナツさんだけじゃありませんでした。もみじさんもです。

 ここにある友情は、否定するのは困難だと俺は思います。


「うん!」


 すずめさんは、俺よりも先に走り出して二人に合流しました。

 本当に元気になって何より。


「あらやだ! すずめちゃん、クマよ!」


 なんでしょう、俺は女性の容姿に疎いのでしょうか……。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 昼食を食べる前に、もみじさんは一度教室に寄って、ポーチのようなものをとってきました。

 その正体は、昼食後にわかりました。


「すずめちゃん。あなたは可愛いのよ? だからね、クマとか出てる時は流石にお化粧しましょう!」


 この学校は色々と特異です。社会人になってから必須スキルとして求められるため、化粧は校則違反ではないのです。


「いいの?」


 ただ、ダメであるという固定観念がある人も居て、更には学校嫌いもこの学校には多いのです。学校が好きになれる環境で育った人は、この学校でなくても大丈夫な場合が多いですから。


「いいもなにも、来年からの美術の選択授業でメイクの授業あるわよ?」


 そう、この学校ではそんな予定すらあるのです。

 もみじさんは、雑談をしながらすずめさんにメイクを施していきます。


「ここ本当に学校?」


 斯く言う、すずめさんもきっと学校嫌いだったでしょう。でも、本当に学校か疑うほどに、環境が違うのです。楽しめる環境である可能性は、充分。


「学校よ……。とってもおかしな、ね?」


 パチンとウィンクをしたもみじさんは、何か可愛らしく見えました。


「しかし、もみじさんもわりとお母さんみたいですよね?」


 俺は、そろそろこの称号をもみじさんに押し付けられると思ったのです。


「ママはアキラ!」

「すずめに同意!」

「そんなこという子に産んだ覚えないわよ!」


 しかし、全員から猛反発を食らってしまったのです。

 もみじさんの反発が面白いです。パラドックスしています。


「あぁ、はい……」


 ですがまぁ、この称号は下手したら高校三年間、俺に付きまといそうですね。


「ちなみにすずめは、自分でメイクできるか?」


 ナツさんはレフ板持ちよろしく鏡を持ってすずめさんにメイクの過程を見せています。


「できるけど、もみじみたいに上手じゃない……」


 もみじさんのメイクの上手さはかなりのものだと思います。すずめさん本来の可愛らしさはさらに助長し、そして欠点はチャームポイントに変換しています。


「まぁ、嬉しい。でもね、あなた自身が可愛いからよ。ほら、なっちゃんが立派なジェントルになってないじゃない」


 もみじさんは一体何を目指しているのでしょうか。その言動を見ると、人間の顔を思い通りの印象に改造できるレベルを目指しているように感じます。


「不本意ながら、俺超童顔だからなぁ……」


 もみじさんの化粧を施されてこの顔なのでしょうか……。

 ふと、疑問がわきました。


「あれ? もみじさんはいつ、ナツさんに化粧を?」


 それと、俺も化粧に挑戦してみようかと思います。少しこの女顔も、男性的に出来るかもしれません。


「それはね。中学最後の一年で叩き込んだのよ。この子、素顔だとロリよ!」


 理解が及びました。男性的に見せるメイクは、既にナツさん自身が技術を習得しているのですね。


「もみもみてめぇ……、俺のひみつをなんだと思ってやがる!」


 怒っているような、それでいて苦笑いのようなのです。そしてそれは、比較的静かで穏やかでした。


「いいじゃない! あなたも可愛いのよ! 男の子が可愛くてもいいじゃない!」


 もみじさんは、ナツさんの可愛らしさを助長したいとすら思っているかもしれません。でもきっと、自分で化粧をする限りそうなはならないでしょう。


「まぁ、その言葉で救われた部分もあるから複雑だ……」


 ナツさんはきっと男は可愛くあってはいけないと思っていた時期があるのでしょう。男らしさにこだわる彼ですから、十分に考えられることです。


「さ、できたわすずめちゃん。どうかしら?」


 ほんの五分程度でそれは終わってしまいました。もみじさんの手腕に驚くばかりです。


「すごいよ! ずっと見てた! こんなに可愛くなったの、初めてかも!」


 すずめさんにしては珍しく情熱的に、語りました。それだけ嬉しかったのでしょう。


「あの、よければ俺にも教えてくれますか?」


 ちょっと時間が押しているので、先にそっちの会話を進めます。化粧をしてもらいながら、自分がしてもらってみたいと思った理由と絡めてすずめさんを褒めても見ましょう。


「い・い・わ・よぉ!」


 ただ、もみじさんのその言い方にほんの少しだけ戦慄が走りました。

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