第14話・南無
もどかしい夜でした。すずめさんを慰めに行くことができなかったのです。
校則で、異性の寮に入れるのは談話室エリアまでとなっています。直接、お部屋に行くことはできないのです。
登校してすぐに、すずめさんを探しました。彼女は憂鬱な瞳で、窓の外をただ眺めていました。
「おはようございます」
声をかけたのはいいのですが、何を話しましょうか。
昨日聞いた話は本当に驚いたのです。俺の理解の外でした。
「お、おはよう……」
すずめさんは驚いたようでした。
しかし、少し安心もしたのです。リストカットの痕跡が増えていませんでした。
「よく眠れましたか?」
困ったときは定番です。会話を始めたいという意思を伝えられればそれで満足なのです。
「あんまり……でも、今日は良く眠れそう」
すずめさんはまるでほっとしたかのようでした。
ビジネスを受け入れてもらえなかった。だから、俺と再び会話できるかどうか不安だったのかもしれません。
「それは、何よりです」
一瞬続けようと思いましたが、次の言葉に困りました。
その瞬間、すずめさんは言ったのです。
「なんで話してくれるの?」
そんなの、決まっています。
「話したことがあるからです」
一度関わったことがある。それだけで、俺にとってその人は価値があります。
「そんなの理由になる?」
伝え続けましょう。俺にとってすずめさんは既にかけがえのない友人だと。
「なりますよ? ほら、すずめさんは俺が話しかけた時どうでした?」
今は、あなたの感情を聞きたい。あなたの感じた事実を聞きたい。
「安心した」
そして、一拍おいてすずめさんはまた話しました。
「でもそれは、アキラが私の話を聞いてくれるし。アキラはいい意味で変な人だからって……」
そういえば最初に変な人って言われましたね。最近はママママと。
「すずめさん? 俺は、おしゃべり好きです。そして、話を聞くのが好きです。だから、あなたといるだけで癒されます。新しい友人を作るのは、結構大変です。ほら、変な人ですから。だから、こうやって関わってくれるすずめさんが、俺にはすごく心地いいんですよ」
対価はもらっています。ビジネスは成立済なのです。だから、これ以上はもらいすぎです。
邪険にしないでくれる。それだけで、友達でありたいと思い続けるのに十分な対価だと俺は思うのです。
「はぁ……ホント、ママだわぁ……」
すずめさんは、心の底から安心したようにそういうのです。
「それは遺憾です。俺は男子です!」
それに関しては、取るに足らない遺憾の意を表明しているのですが、取るに足らないこともきっと伝わっているでしょう。
「だってさぁ、自分を大切にしろっていうことでしょ? そうじゃなくても、離れたりしないからって」
正しく伝わってくれたようです。嬉しいものです。
彼女が不安になるたびに伝えましょう。同じことであろうと、違う言葉を使って何度でも。
「もちろん!」
「それって、ママの言動なんよなぁ……。それか菩薩?」
出てしまいました。ここでも菩薩です。
「もう、座禅でも組んでましょうか……。ママよりは菩薩の方が……」
しかして、菩薩となると性別を超越することになるので、ちょっとだけ男性に戻れる気になります。
「南無愛邏菩薩!」
すずめさんは、そう言っておどけて手を合わせたのです。
「それっぽすぎません!」
頭の中で文字そ想像すると、俺の名前がなんかまったく違和感が無いのです。
「解釈一致よ。だってさ、まだかまってくれるでしょ?」
逆に分かりません。何故あの程度のことで、関係を断つ理由になるのか。
「むしろ、俺のことをかまってください」
だって、すずめさんに好感はあるのです。恋愛という形にならないようにしているだけで……。
「全肯定じゃん……。初めてだよ、アキラみたいな人」
これまでが初めてだとしても、これからは断じてそうではないでしょう。
「そうなんですか? わりと居ると思いますよ。ほら、もみじさんとか!」
もみじさんも彼女をとても心配していたのは事実です。だから、推測で色々と俺に教えてくれたのです。
「これが普通なのかな?」
ここはちょっと特殊な環境です。でも強いて言うなら……。
「わりと普通だと思います」
きっと上限も下限もも広い。平均すると、だいたい普通程度になると俺は思うのです。優しい人も、そうでない人も……。
「じゃあ、私の人生なんだったんだろう」
本当はどこでも、優しい人と出会えると思うのです。彼女は何故、出会えなかったのでしょうか……。
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