第12話・断じていけません

 退屈ではないのですが、あまりに型破りな授業です。

 寮にはいくつかの談話室が設けられていて、そこでその話をしていました。


「んもぅ、あなたのクラスばかり茜ちゃん先生が来て羨ましくなっちゃわー!」


 もみじさんは、世界史と科学を兼任しているあの腐女子先生がどうやら好きなようなのです。


「あの先生、嫌い……」


 ですがすずめさんにはお気に召さなかったようです。


「おやぁ? すずめちゃんはうぶですなぁ?」



 ナツさんはもうニヤニヤが最高潮でした。ですが、それはちょっと虚勢だったようなのです。


「なっちゃんってば、顔真っ赤にしてたのは誰だったかしら?」


 それこそこういったところで女性に戻れば良かったのです。自身の利益を追求するなら。


「いうなああああああ!」


 だから、ナツさんは若干ブチギレました。

 この談話室は基本的に防音です。ですが、室内にマイクがあり、そこで音が拾われて、職員室から聞くことができます。

 つまりは、騒音を気にしなくてもいいということになります。また、カラオケ機材があったりするので、ストレス発散にももってこいの部屋になっています。


「ひっ……」


 すずめさんの肩が跳ねました。

 なので俺は、すずめさんの斜め前にたちつつ言ったのです。


「ちょうど意見が半々みたいですね。俺は、茜先生は好きですよ。楽しく授業をする工夫をたくさんしてくれます」


 本当に、彼女の授業は退屈する暇がありません。

 それとすずめさんはある一定以上の音量は怖い可能性があります。ちょっとだけ注意しましょう。


「なっちゃんはなんで、下ネタ恥ずかしいの隠すのかしら?」


 もみじさんの疑問には、俺もとても賛同できるのです。


「だって、女みたいじゃん……」


 そして、その答えも予想通りのものでした。


「あのね、なっちゃん。性なんて特徴の一つでしかない、だから好きに振る舞えばいいんだって、あなたがアタシに教えたのよ?」


 なんとなく想像できます。性の境界に立つナツさんだから、きっとそれを自由に飛び越えられたのでしょう。とはいえ、ナツさんは少し自分に厳しいのかもしれないです。


「だってよぉ……友達が女ばっかりだったら、自分が男だって肯定する材料がなくなっちまう……」


 彼特有の悩みでしょう。自身は男である、男としてふさわしい振る舞いをしたい。そう考えるのは、トランスジェンダーさん特有でしょう。


「あの、俺が男友達ですが?」


 ただ、それを忘れるのが頂けない。


「いや、アキラは性別アキラだから!」

「誰か俺が男だって肯定してくださいよ!!!」


 ママだ菩薩だ。言われてみれば、男らしい扱いを受けたことがありません。

 ナツさんの言動は非常に遺憾なのです。


「女の子も男の子も友達でしょ? それに、私にとってはあなたほどかっこいい男の子はそうそういないわよ?」


 そんなもみじさんの言葉に俺は、ほんの少しだけ恋の始まりを期待したのです。


「おっし、じゃあ付き合うか!」


 ただ、聴けば聴くほど、それは二人の間のいつもの冗談のようになってゆきます。


「ただ外見がタイプじゃないのよ! 大体、あなたモテるじゃない!」


 そう、もみじさんにとってはそもそもナツさんは可愛い男性という扱いで同性です。

 外見、行動ともに可愛いと俺も思います。


「これだよ……。まぁ、高校入ってからちやほやはされてるが、あれは小動物扱いじゃんか!」


 それは仕方ないと思います。ナツさんはちょっと小動物っぽい行動が随所に見られます。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 そんな会話をして、各々部屋へと戻ることにしました。

 ですが、すずめさんが引き止めたので、俺はほんの少し談話室に残ることにします。


「どうしました?」


 二人きりになったのを確認すると、すずめさんは急にブラウスのボタンに手を伸ばしたのです。

 それを、俺はすぐに止めました。


「なんで? いいよ?」


 彼女は自分を安売りしすぎだと感じます。


「いけません。男は狼です。俺だって、男なんですよ?」


 少しだけ、訳がわかりませんでした。なんでこうしているのか、なんでそんなに可愛らしく笑うのか。


「うん、だからいい。ハジメテだけど……ハジメテだから」


 まるで意味が分からず、俺はどんどん混乱してしまいます。


「いけません。今の俺に責任能力が足りません」


 だから、校則を言い訳に使わせてもらうことにしました。


「なんで? 魅力無い?」


 彼女は言いながら、どんどんと表情を曇らせていきます。


「魅力的です。だから、俺に肌を晒してはいけません」


 どうか、煽らないで欲しいのです。魅力的な肢体を顕にはして欲しくないのです。

 すずめさんとそういう関係になるのも嫌ではないのです。その場合、風紀委員は辞めなくてはなりませんが。

 でも、そうなるとして、願わくばしっかりと恋をしたい。そしてしっかりと、愛を感じたい。


「なんで? 襲っていいよ?」


 どんな資格を持っていても、どんな役職で身を飾っても、俺自身はただの男子高校生です。そんな俺に、その言葉は本当に毒なのです。

 心臓は跳ね回ります。今拒絶しなければたどり着けるかもしれません。性交渉に……。

 男子高校生など、そんなものです。


「いけません。卒業を待ちましょう……」


 それまでゆっくり恋をして、ゆくゆくはとしたい。


「そっか……」


 押し殺したような声で、言うとすずめさんは談話室を飛び出してしまいました。

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