第10話・ママだそうです……

 昼休みはまだ終わっておりません。教室に戻るともみじさんとナツさんとすずめさんは三人で談笑をしていました。

 会話の中心には今すずめさんがいました。でも、彼女の目はずっと教室の扉に注がれていたのでしょう。そう思ってしまうくらい、教室に戻るとすぐに目があったのです。


「アキラー! おかえり!」


 元気なことは非常にいいことですが、一も二もなく俺に話しかけるのは少しばかりもみじさんやナツさんが気にする可能性を考えて二人に目を向けつつ彼女に近づきました。


「はい、ただいま」


 短く、三人の会話を邪魔する時間が少なくなるように、俺自身は配慮しつつ。


「あはは! もう、すずめちゃんはアキラちゃん大好きかしら?」


 しかし、二人はそんな事を気にする様子はありませんでした。少しだけ、ホッとする感覚を覚えます。


「告るか? カップル成立か?」


 ただ、高校生などというのは恋ばなというものが大好きでしょう。俺も実際、とても興味がありますから。


「アキラは、ママだから!」


 すずめさんは臆面もなくいうのです。しかも、俺の目の前で……。


「あの、俺、そもそも男ですが?」


 すずめさんはママママと、男である俺に言うのです。これはもはや困ってしまいます。


「包容力はあるわね! 優しいし!」


 多分これ、俺がママということに関して肯定しているのでしょう。


「俺を撫でる権利をくれてやろう!」


 ナツさんのそれに関してはもはやわけもわからないのです。

 ともあれ、二人が気にした様子がないのは重畳なのです。


「あの、全員で肯定しないでください……」


 もう、俺がママというのがもはや共通認識になりかねない。それは、まったくもって困るのです。


「あなたの性格が悪いわね! ママというのは、母性的な人を指すのよ!」


 それはもはや、新時代のポリティカル・コネクトスでしょうか。男女関係なく、母性的な人がママと呼ばれることには反対しません。


「父性ですよ!」


 でも、俺が持っているのは父性なのです。


「すずめー! ママがキレたぞ!」


 ナツさんがケラケラと笑っている。


「きっとマタニティブルー」


 それに、すずめさんが乗っかってしまった。


「俺誰を産んだんですか!?」


 男として生を受け、生きていくこの人生でまさかこの言葉をかけられるなど思っても見ませんでした。


「すずめちゃんよね?」

「他に誰が居る?」


 性の境界線に立つ二人からの集中砲火に、俺は思わずたじろいでしまったのです。

 本当にカオスです。特に俺の周囲では、性別に対するステレオタイプが良くも悪くも全く機能していません。故に、男である俺がママ呼ばわりされることを二人共簡単に受け入れてしまいます。


「ママ?」


 すずめさんの上目遣いはこのタイミングで反則です。


「ま……ママじゃないですよ?」


 せめてパパと言って欲しいのですが、これが致命打でした。


「言い方がママよねー……」


 思わず、微笑みを返してしまったのです。


「ちげぇねぇや! 微笑み方とかマジで」


 仕方のないことです。可愛いものは可愛いので、頬が緩むのは生理的反応なのです。


「いや、お二人共見てください! クールなようでいて、なのにどこか甘えん坊なんですよ!? 座っているから、必然見上げるような角度なのですよ!」


 俺だって、最近の学生です。アニメだって観ますし、漫画だって読みます。今や見ない人の方が少ないのです。

 大体、将来父になるべき男子である俺に、甘えられた時にそれを可愛いと思える感性は必要です。これがないと、多分子供を可愛がれないと思います。


「まぁ、すずめは可愛いな!」


 ナツさんの言葉には全面的に同意です。

 顔立ちがいいのもそうですが、主に態度が可愛らしいのです。


「はぁ……ホント、アキラが親だったらよかった」


 ふと、すずめさんがため息を吐きました。


「そうねぇ。だからすずめちゃん、アキラちゃんはかなりの優良物件よ!」


 確かに、いい親でありたいとは思います。我が両親のように。

 俺の両親はとてもいい親でした。ほどよく家事を手伝わせ、少しでも頑張るととても賞賛してくれます。だからでしょうね、俺は挑戦をやめられないのです。

 カウンセラーを目指したのもそのせいです。周囲の大人たちの、辛そうな息遣いを無視できなかった。それだけの話ではあります。


「知ってる。ママだから……」


 もう、どうしようもない気がしてまいりました。俺の高校生活、多分ママ確定です。

 ただ、慕ってくれる相手が嫌な相手じゃないのでよしとしましょう。

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