第9話・序曲
俺は気づいていなかったのです。今のこの状況が危ういことに……。
俺一人、少し職員室に向かうことになります。
「では、
先生は真面目でした。でもなんというか、俺が思うに言ってはならないことである。そんな言葉が極稀に口から飛び出すのです。
生徒同士を比較して褒めたり、賞罰的なしつけを試みたり。
「はい、このメモに全部書きましたので……」
とはいえ、形から入るのは十分両親に問題がある同級生たちを救うでしょう。
もちろん、比較して賞を与えることは大事だと俺も思うのです。大人になれば、競争社会。心は無視され、能力だけは無限に求められます。
俺自身の、自己効力感の弱まりは、そこから来ています。
「ありがとうございます」
俺は、担任である先生と情報の共有を進めていました。
その時、ぽつりぽつりと話し始めたのです。
「
俺はいいと思う。先生が生徒から教わってはいけない決まりなどどこにもない。
でも、どんなに賢い人であっても、初めて出会う人からは学ぶことが多いのだと思います。あるいは、賢いからこそ学ぶことが多いのかもしれません。
「光栄です。でも、ほんの少し前に俺も諭されたのです。同室の、もみじさんに」
同室になったことは、俺にとって本当に宝のような体験です。もみじさんは賢く、そして強い。それを経て出会えた、ナツさんもとてもユニークで、優しい方でした。
この環境はきっと、俺という存在を大きく成長させる。そんな予感がするのです。
利己的かもしれません。でも、世界は何をしても利益が発生する仕組みになっている気がするのです。
「実はですね、先生はお金のために資格を取得してこの学校にきました。ここは、給料がほかの学校より高いんです。資格を求められる分、給料を上げないのは公平ではないですから」
なるほど、先生は付け焼刃だったのですね。
でも、そもそもこの学校自体始まって間もありません。仕方のないことだと思います。
「偉そうなことを言ってもよろしいでしょうか?」
先生はデータを打ち込みながらも、俺の話にはしっかりと耳を傾けてくれています。
「お願いします。あなたは偉い」
ありがたい話です。こうやって褒めてもらえるだけで、嬉しくなるものです。
「俺はありがたいんです。俺だって実務経験に近い物を得たくてここにきました。でもこの環境は、それよりももっと大切なことを俺に教えてくれます。そして、この環境を作るには先生ののような人の力が絶対に必要でした」
この学校、給料は高いが求められる知識も多い。教員免許に、いくつかの民間資格を含む心理職の資格が必要でした。
だからきっと、お金のためにでも動いてくれる人がいなければこの学校は成立しませんでした。
そう考えると、この先生は世界を変え始めているのかもしれません。一部人道団体から始まり、それが強引に仕組みを作り、先生のような人を呼び寄せた。
「そう言ってくれると、少しだけ救われます。でも、今はただいい先生になりたい。
思わず、呼吸すら止まってしまいました。
俺が頼ってもらえる。それだけでとても嬉しいのです。ただ、頼ってきた人は先生だったのです。責任重大です。でも、責任が大きいからこそ、身の回りの小さな世界は大きく動くでしょう。
ちょうどいい。全てがちょうどいいのです。もみじさんの活動を考察しましょう。
「できることは多分限られています。それでよければ……」
俺だって、まだまだ勉強中です。当然なのです、高校生ですから。
「もちろん。それでもお願いします。……でも、
俺は、同級生のもみじさんにそれを感じました。思うに、誰も彼も自分より老成したところをもち、そして自分より幼いところをもち、また同年代のところを持つのでしょう。
「照れるので、話を変えさせてもらいます。同室のもみじさんは、専門家の力には限界があるとおっしゃいました。根気強いだけの友人にしか救えない人が居ると。俺は、そのためにどう活動していいかわからなくなったのです」
でも結局、心理職なんて大した仕事がない方がいいと思います。
道徳心に溢れた世界なら、落ち込んでいる人にはすぐに根気強い友人が手を差し伸べるでしょう。そうなったら、心理職の仕事はなくなってしまうでしょう。
でも理想です。なにせ悩んでいないのですから。
「あはは! 逆に頼られてしまいました。そうなのかもしれません、でもそれは先生にも考えつかないので、時間をください。先生だけの結論になってしまいますが、今度共有します」
きっとこれで世界は変わります。もみじさんが言ったからではなく、今なら俺もそう思います。
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