第7話・雀の空

 そして、昼休み……。今朝方のお二人と、食堂へ行く途中に出会いました。


「あきらちゃんごめんねぇ……ついつい、二人で行っちゃったわ!」


 別に気にするまでもありません。お二人共楽しげですし、どうせ夜にはもみじさんと話すこともできました。


「気にしませんよ! こんにちは!」


 もみじさんとナツさん、二人は本当にいつも仲良しです。


「わりぃな……っと、後ろに隠れてるのは?」


 ナツさんがずずめさんを気にしたところで、俺はすずめさんを見ました。

 確かに隠れています。俺の影に、こっそりと……。少しお顔が暗いようです。


「彼女はすずめさん。本名は違うみたいですが、詮索しないであげてくださいね」


 この情報はきっと公開しておいたほうがいいでしょう。特にお二人には……。

 本名が違うと知っても、詮索させない予防線。そして、何より彼らもきっと本名を教えてくれていない。


「するわけないじゃない! すずめちゃんね、でもそれ名乗るならもうちょっと太らないとダメよ! あなた可愛いけど、ちょっと痩せすぎよ!」


 だからこそ、きっとシンパシーを引き出せるでしょう。そんな風に考えての独断先行です。


「おう。だいたい、呼ばれたい名前が本名でいいだろ! 将来的に変えることだってできンだし」


 逆にほんの少し、俺が寂しくなってしまいました。現在四人、その中で本名でそのまま呼ばれているのは俺だけ。ちょっとだけ、仲間はずれです。


「あり……がと……」


 さっきまで明るかったのですが、ちょっとだけダウナー系に戻ってしまいました。


「かんわいいなぁおい! 俺はナツ、よろしくなすずめ!」


 ナツさんの方も大概小動物チックで可愛いと思うのですが……。

 口にするのは失礼なのでしょうか。要観察です……。


「ねぇ、いろいろなっちゃんが言うの? すずめちゃん、アタシはもみじ、よろしくね?」


 とはいえ、今この場で態度が一番小動物チックなのはすずめさんでした。ずっと俺の後ろに隠れて、こっそりと二人の様子を伺ってらっしゃいましたから。


「おい! そりゃどういうことだ!?」


 ナツさんはもみじさんに猛抗議しました。すると、もみじさんは指を二本立てたのです。


「本名由来で名乗ってる。あなたも大概、可愛い」


 指を折りながら、いろいろが含む事象を説明するもみじさん。


「うっせえ! 特に名前のくだりうっせえ! いーんだよ、俺はパパもママも愛してんだ!」


 驚きました。見ている限り、ナツさんはトランスジェンダーだと思うのです。なのに、ご両親とは仲がいい。保護生ではないのでしょうか……。


「はいはい、ナツミちゃんはいい子ね」


 多分、本名が出てきてしまいました。


「その名で俺を呼ぶんじゃねぇ!」


 この学校には、いろんな概念に中間点が存在します。カオスな状況だからこそなのです。だからこそ、誰も彼もが特異であり、だからこそ差別が難しい環境です。

 しかし、これは気遣いなのでしょうか。なんだか、名前の件での疎外感は吹き飛んでしまいました。

 そのすぐ後に、ナツさんはずんと一歩こっちに歩いてきます。


「いいか? 美はやめろ! それ以外ならなんでもいい! わかったか?」


 ちょっと勢いがすごくて、思わず気圧されてしまいますが、そもそもそんな風に呼ぶつもりはないのです。


「はい、もちろん」


 なので、結局はほほが緩んでしまうのです。


「すずめもいいな!」


 それは仕方のないこと。そして、彼が仲間はずれを大いに嫌うのも仕方のないことでしょう。


「うん……」


 小さな声で、すずめさんは頷きました。


「いくわよー! ナツエちゃーん!」


 彼の表情を見ていればわかります。これは誰かを救うわけです。

 イジられても楽しんで、それで仲間はずれを解消できるなら尚上等と考えているでしょう。


「おま! そりゃちょっとシワシワネームにすらなってるじゃねぇか!」


 キラキラネームの裏でひっそりと起こったリバイバルブーム。それがシワシワネームです。おばあさんの世代に多く見られる名前が可愛いと、そんな見直しがされて起こったブームです。


「ぷふっ……」


 ただ、それは俺の後ろのずずめさんを笑わせてくれました。

 本当に、ナツさんは強い……。ほんの短い時間の間に人を惹きつける、強烈な人間的魅力をお持ちです。


「名前くらいいいじゃない。ね、ナツキちゃん?」


 そして彼は知っています。イジられるのは、愛されているが故であると。


「おぉい! 一回一回変えんな! ワカらすぞ!」


 そう言って、ナツさんはまたしてももみじさんを追っかけて……。


「きゃー! なっちゃんが、怒っちゃったわー!」


 たいして怒っていないのを知っている上で、もみじさんは逃げます。


「待ってー!」


 意外だったのはすずめさんが、二人につられて走り出したことです。俺の影を飛び出して……。


「先生に怒られてしまいますよー!」


 一応、廊下を走ってはいけない校則はこの学校にもあるのです。

 この学校の校則は基本的に安全のための校則。制服の着用義務すらありません。

 その代わりに、デザインに凝り、着たくなる制服なのでみんな着ています。学校側も努力をしてくれるのです。

 結局、途中で、俺たちは先生に廊下を走ったことを咎められてしまいました。

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