第3話・ママですか!?

 教室に帰りますと……すずめさん、こっちを見ていますね。かまって欲しいのでしょか……。

 そのように考えるとなんだか可愛らしく思えます。

 逆かもしれません、話しかけられたら嫌だと、そっちの可能性もありますでしょう。では、確認しましょうか。


「すずめさん、もうすぐ授業ですね? 勉強は得意ですか?」


 一瞬だけほんの少し微笑みを浮かべそうな唇を、すずめさんは引きずり下げてしまいました。でもまぁ、構ってもらいたかったみたいですね。


「苦手……」


 ここからも少し考えられることがあります。勉強をしても褒めてもらえなかっただとか、事務的な先生にあたってしまっただとかです。そもそも嫌いじゃない可能性もありますが。


「実は俺も苦手だったりします。望んでないのに学ばなきゃいけないのは窮屈ですよね?」


 でも、この学校だと逃げ道があったりもします。


「保健室行こっかなぁ……」


 この学校では勉強が嫌いという理由で、保健室に生徒が行くことを禁止されていないのです。勉強を好きになってもらうため、まずは逃げ道を確保しているのです。


「放課後に、授業でどこが笑えたなんて話を、すずめさんとしたいんですけど……」


 すずめさんは、一瞬渋い顔をした。本当に勉強は嫌いみたいです。


「本当に?」


 あるいはすずめさんの嫌いはもっと広範囲なのかもしれません。


「本当です!」


 だから断言しましょう。きっと彼女は笑えばもっと愛らしいでしょう。


「今日は、聞いてみる」


 これまでも彼女は教室には居ました。でも、きっと上の空だったのでしょうね。


「是非!」


 ちょうどそんな時です。チャイムがなりました。


「席に戻りますね! また後で!」


 ちょっと笑いかけてみると、彼女は目線を外してしまいましたが、髪がさらりと揺れました。

 きっとうなづいてくれたのだと思います。


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 授業一限、普通の高校では45分ですが、この高校は90分です。先生のを話したい気持ちを自由に詰め込ませるためにこうしているらしいのです。実際、45分では俺たち生徒も消化不良を起こしたでしょう。

 さて、すずめさんに話しかけましょう。


「すずめさん、どうでした?」


 授業が終わって、すずめさんは少し呆けていらっいました。


「え!? あれ、授業?」


 午後一限は世界史だったのですが、世界史の先生は女性が多いのです。


「カップリング論争でしたね……」


 今日の授業開始開口一番先生はおっしゃいました。“ローマを語る上でBLは外せない”と。


「板書したけど、これなに!?」


 すずめさんのノートには“純愛ハド×アン”と書いてあったのです。


「皇帝ハドリアヌスが、少年アンティノウスを愛したということですね」


 この学校には当然、性的マイノリティーが原因で両親に疎まれた人も入ってきます。でも、特に男性同士の恋愛は歴史上珍しくありません。それを知ることで、偏見を軽減しようと言う試みもあったのかもしれません。が……多分先生の趣味もあります。


「いや、それ授業で聞いたけど! え!? 皇帝が少年を……!?」


 すずめさんには刺激が強かったようで、すずめさんは顔を真っ赤にしてしまいました。


「衝撃でしたね! にしても、先生はこれが好きだったみたいですね!」


 先生はものすごく熱心に語ってらっしゃいました。ヲタクが推しを語るような、そんな特有の語り方です。


「こんなの学校の授業じゃない……」


 すずめさんは少しうなだれたように机に突っ伏してしまったのです。


「俺は、結構興味深かったですよ?」


 あまりハド×アンのくだりが楽しく感じなかった人もいるかもしれないのですが。ただ、温泉の話もあって、親近感は結構抱けたと思います。


「確かに、Utubeみたいだったけど……板書がなぁ……」


 いけません、伝え忘れてしまいました。


「ノートの提出は自由ですよ?」


 だから、好きな時に板書をすればいいだけなのです。

 ただ提出すると、褒めてもらえるだけです。過去には、BL漫画を書いて提出した人もいるくらいだそうです。


「そうなの!? 言ってよぉ……」


 すずめさんはまたうなだれてしまいました。


「伝え忘れました。ごめんなさい」


 少し、やらかしてしまいました。


「んー……」


 しかし、すごく軟化しました。今日一日関わっただけでこれほどとは、わからないものです。


「しかし、すずめさんのノートは可愛らしいですね」


 色とりどりにデコレーションされていて、俺には想像すらできない文字の世界が広がっているのです。素直に尊敬です。


「ホント?」


 少し、すずめさんはジトっとした目をします。


「はい、とっても! こんなに賑やかで楽しいノートをかけるなんて、尊敬しちゃいますよ?」


 思ったことを素直に口にしたのですが、すずめさんは少し懐疑的でした。


「言ってることは、ママなんよなぁ……」


 次に帰ってきたセリフに、俺は思わず驚いてしまったのです。


「マ、ママですか!?」


 健全な男子高校生のつもりです。なのに、ママなんて……。

 お人好しとか、菩薩とか、色々言われてきた俺ですが、これは初めてでした。

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