第2話・心護高校風紀委員
「で、あんたは何?」
俺という存在は、色々とわかりにくいでしょうね。
「自覚はないのですが、ほぼ皆さんにお人好しって言われますよ」
これまで関わってきた全員にそれを言われてしまっています。でも、おかげで他人に自分を説明するときにこれができます。自分を単純化して伝えることもできます。
「ふーん?」
彼女は一瞥して、去ってしまおうとしました。
「あの、お名前を聞きたいんですが……」
それが今日一番大事なことです。
「なんで?」
その答え今だから使えるウルトラCがあるのです。
「同級生じゃないですか! えっと、できればどう呼ばれたいのかが一番気になっておりますので……」
そう、同級生。本当に仕事にする時は別の理由をきっと考えねばなりません。
名前にコンプレックスがあるなんて、よくあることと思います。親元を離れるに足る理由を持てば尚更かと。
「すずめ、そう呼んで……」
必ず心に留め置きましょう。そう呼ばれたいという彼女のアイデンティティを尊重しましょう。
「可愛らしい響きですね。すずめさん、俺は先生のところへ行かねばなりません。なので、また話しかけていいですか?」
ほんの一瞬だけ、彼女は嬉しそうな顔をして、それをすぐに曇らせたのということも覚えましょう。
きっとそこにも彼女の歴史があるのでしょう。忘れてしまえば、きっと俺は後悔をすると思いますから。
「いいよ……気乗りしないけど……」
諦観のような表情ですね。現状、俺の結論として、本当は寂しいのであるけど、人を信じることができずに苦しんでいるのではないかと思います。
決めつけず、ゆっくり関わっていきましょう。
「では、また放課後に」
「うん……」
そう言って、俺は教室を出て職員室へと移動します。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
職員室では先生たちが常にパソコンとにらみ合い、必要なものは紙に出力していました。その中にはカウンセリングにおけるカルテのようなものもあるのです。
先ほど、すずめさんの自傷を否定した先生は少し黄昏たような表情をしていらっしゃいました。
見つけて近づいて、まずは謝罪です。
「先程は申し訳ありませんでした」
先生は男性です。若くして、それでも落ち着いた雰囲気をお持ちです。
スーツ姿に身を包み、背筋を伸ばしている様は、凛としていらっしゃいます。
「いや、こちらこそすみませんでした。職員室に帰って、テキストを読んでいて失敗したのだと気づきました。そこで、風紀委員に推薦したい。どうでしょう?」
まだまだこの学校は試験運用段階です。制度も整いきっていません。
そして、この学校の風紀委員は特殊です。相談を受けて良いとされる生徒が風紀委員に選ばれることになります。心の風紀を守る委員会です。
要はこの学校は、メンタルヘルスなのでございます。
「喜んでお受けいたします!」
これはカウンセラーを目指す俺にとって、実務経験を積むとても良い機会です。
さらにこの学校での風紀委員はカウンセラーとしての実務経験として扱われます。早い段階での講習会出席を後押ししてくれるものです。
「ありがとう。それで、彼女……
ただし、この風紀委員も楽ではございません。先生たちと、カルテの共有が求められます。実務経験として扱えるだけに、実務並みの要求をされます。
きっと彼女の本当の名前なのでしょう……。
「はい。彼女は俺にすずめと呼称することを求めました。また、もう一度話しかけていいかと尋ねたところ、一瞬嬉しそうな顔をして、すぐに曇らせてしまいました」
先生はパソコンにそれを打ち込みます。色々と考えたりしながらです。
「今のところ、自己愛性パーソナリティ障害と診断されていますね。こちらからもカルテを共有します」
学生がやるレベルではないのでしょう。だから風紀委員は少ないのです。
とはいえ、先生から頂けるカルテの情報量はとても豊富です。
「その可能性は低くないと思います」
そして、ここから風紀委員を続ける場合の義務の話が始まりました。
「相談を受けた場合はメモ帳などにその内容を書き留めてください。それから、これを。風紀委員用のファイルです。これらを管理し、相談を受ける限り、風紀委員として職務を全うしていると判断されます」
講習会への出席資格は週1日以上の勤務を5年以上と定められています。そのうち三年をここで満たすことができます。
もちろん就職にも有利に働きます。利益はあるのです。
「かしこまりました。では責任をもって、実務に当たらせてもらいます。それから、少し机をお借りしても? 相談しに来やすいように、メモを取る姿を見せたくないのです」
それは、この学校の先生たちの仕事に関わるものでもありました。
「もちろんです。でも、メモの内容も共有してもらう必要があります」
風紀委員は、生徒の相談に乗るうちに得た情報の出来る限りを、教職員と共有する義務を負う。そう書かれていました……。
「はい。では、一緒に作成させてください!」
そして俺は、先生と一緒に現段階のすずめさんのカルテを仕上げていくのです。
ですが、彼女の情報は思っているよりずっと少なかったのです。彼女はどうやら、あまり先生に相談をしてはくれないみたいです。風紀委員は、本当に必要不可欠でしょう。
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