43. シュロの権能
シュロがその場に到着したとき、征魔騎士の命運は尽きようとしていた。すでに、最初に法術の盾を展開した騎士はマナの枯渇で意識を失っている。残りの騎士もいずれそうなるだろう。その先に待つのは死だ。
仕方なく炎の中に飛び込んだ。今のシュロにできることはあまりない。盾になることくらいだ。
「あつぅ!?」
「なっ!? お前は!!」
「おじさんたち、ここは僕がどうにかするから! 逃げて!」
突然、現れたヌイグルミに征魔騎士は驚く。いや、彼らはシュロの素性を知っている。悪魔の助力を得ることに一瞬だけ抵抗を見せたが、判断を誤ることはなかった。意識を失った一名を抱えて速やかに離脱していく。
去り行く騎士達には興味を失ったのか、焦熱の魔人は炎を止めて呟いた。
「グラシュロか」
「やあ、レヴァンティア。こっちでは初めましてだね! ニヴレインも!」
「そうね」
少し離れた場所で興味なさげにしていた氷葬姫もちらりとシュロを一瞥する。
「二人で一緒にいるなんて珍しいね。ちょっとは仲良くなった?」
レヴァンティアとニヴレイン。元の世界では反目し合う二人だ。こうして、行動をともにするのは珍しい。だが、シュロの指摘に二人は不機嫌な表情を浮かべる。契約に縛られて仕方なくといったことが、ありありとわかる態度だった。
「あはは、あいかわらずか。でも、見た目は普段と全然違うよね。ちょっと格好いいかも?」
二人の悪魔の姿をを、シュロはそう評した。
焦熱の魔人レヴァンティアは炎を纏う偉丈夫。隆々とした肉体に黒と赤を基調とした鎧のようなものを纏う武人の姿をしている。
氷葬姫ニヴレインは青いドレスの貴婦人。周囲の空気を凍てつかせ、白い氷の粒がキラキラと輝いている。
いずれも対面すれば、怖気を覚えずにはいられない大悪魔。だが、恐怖心を捨て去って見れば、その姿は美麗。平たく言えば格好いい。
「お前は変わらんな」
対して、シュロはヌイグルミ然とした姿。同じ悪魔とは思えない。
「俺の力を使わせていたのはお前だな?」
「そうだよ。まさかレヴァンティアがこっちに来てるとは思わなかったけどね」
「それはこっちの台詞だ。あの引きこもりが、よくこっちに来ようと思ったな」
「うぅん。実は来る気はなかったんだけどね。よっぽど相性が良かったんだと思う」
一見すると和やかな会話だ。しかし、両者の間には緊迫感が漂っている。契約に縛られている以上、戦いは避けられない。三人の悪魔はそのことを知っている。
「呼び出した者をよほど気に入ったみたいね。でも、それなら何故契約していないの? このままじゃ、あなたを呼び出した者は死ぬことになるわ」
ニヴレインが悲しげに目を伏せる。憂う気持ちはある。だが、止められない。それが契約者の望みなら。だから、対価を得るのだ。憂いをねじ伏せるための対価を。
だが、哀れむ彼女にシュロは笑ってみせる。
「大丈夫だよ。ステラは僕が守るから!」
高らかな宣言とともにシュロが両手を掲げた。その瞬間、場の雰囲気が変わった。いや、雰囲気という不明確なものではない。変わったものはもっと明確なもの。世界を支配するルールだ。
「結界?」
「お前の力か? 契約も結んでいないのに、何故?」
二人の悪魔に動揺はなかった。付け焼き刃の権能で、自分たちを下すことなどできない。そう考えたから。だから、ただ単純に不思議だった。契約もなく権能を手に入れることができるものなのかと。
問われたシュロは首をふるふると横に振る。
「わからないよ。僕にもどうしてだかわからない。でも、ステラたちはとっても暖かくて、優しく、楽しいんだ。クッキーは甘くて美味しいし、たまごはふわふわ! ステラたちがいるこの世界はとっても素敵で、だから守りたい! 僕が権能を手に入れたのはそれが理由かも知れないね!」
「そうか。だが……」
「守りたい気持ちだけで守れるほど、私たちは甘くないわよ!」
シュロと二人の悪魔。両者の緊迫感がいっそう高まった。いよいよ戦端が開かれる!
レヴァンティアが炎を放った。先ほどの騎士達に放ったそれが児戯にも思えるその威力は何者を焼き尽くす灼熱の業火だ。それが消えるのを待たず、ニヴレインが氷槍を投げた。それに呼応するように、同じような氷の槍がいずこともなく現れて、シュロを串刺しにせんと迫る。
二人の悪魔は知っている。グラシュロという悪魔がいかに頑丈であるかを。だが、レヴァンティア、ニヴレインとてほぼ同格の悪魔だ。その自分たちがこれまで磨き上げた権能の力があれば、シュロの守りをも打ち破れると確信していた。しかし――……
「無駄だよ。この結界の中では、そんな攻撃、無意味だからね!」
シュロはその猛攻に傷一つ負っていなかった。
「馬鹿な!」
レヴァンティアが思わず漏らした声は、彼の心情を率直に表していた。いかにシュロが強力な――原初の悪魔とはいえ、今の攻撃で無傷でいられるはずがない。だとすれば、考えられるのは権能の影響であろう。レヴァンティアとニヴレインという二人の大悪魔の攻撃を容易く防ぐことを考えれば、防御的な権能と考えられる。
「……天使になり下がったわけじゃないよな。いったい、どういう絡繰りだ」
防御的なマナの使い方は法術の領分。その手の権能は天使が得意とする能力である。だが、シュロには天使独特の嫌みな気配はない。だからこそ、レヴァンティアは、その力がどういったものか掴みかねていた。
それを察したシュロが、得意げに笑う。そして、両手を突き上げて高らかに宣言した。
「いいよ、教えてあげる! 僕の権能は――――“可愛いは正義”だよ!」
一瞬……いや、数秒の時が止まった。
意味がわからずあっけにとられたレヴァンティアとニヴレイン。だが、頭をフル回転させ、シュロの言葉の意味を理解しようする。何か隠された意味があるのではないかと勘ぐって探した。でなければ、“可愛いは正義”という謎の権能で渾身の攻撃が防がれた理由がわからない。
だが、無理だった。まるで、力の正体がわからない。
「それは、どういう権能なのだ……?」
考えるのを放棄したレヴァンティアが問う。普通ならば、シュロに答える理由はない。レヴァンティアが言葉にしたのも答えを期待してではなく、心の呟きが漏れただけである。
しかし、シュロは得意げに解説を始めた。
「ふふふ、僕の結界の中では、可愛さが絶対的な強さになるんだ! 今のちょっと格好いいレヴァンティアたちに勝機はないよ!」
説明を聞いてもレヴァンティアには意味がわからなかった。そんな理不尽な権能は聞いたことがない。
「ちょっと待って。あなた、だんだん大きくなってない?」
ニヴレインの指摘通り、シュロの体は当初の数倍に膨れ上がっていた。
「ふふん! これも僕の権能の効果だよ! みんなが可愛いといってくれるたびに、力がみなぎってくるんだ!」
シュロは飛び立つ直前、ステラたちに一つの要請をしていた。それは、シュロに向かって“可愛い”とコールすること。最初は、ステラとハセルたちが恥ずかしげにコールしていたが、レヴァンティアとニヴレインという大悪魔と対峙しても一歩も退かないその姿に勇気づけられた冒険者たちもコールに参加して、今やサイハの防壁前では可愛いの大合唱が起きている。
その効果は確実に出ている。ほんのヌイグルミサイズでしかなかったシュロは今や大柄の男性を越える背丈だ。そして、今なお、サイズは大きくなっている。
「意味がわからん……。だが、やるなら今しかあるまい!」
理解不能ながらも時間が経つほどに不利になると悟ったレヴァンティアが仕掛けた。爆発を伴う激しい炎がシュロに襲いかかるが……シュロは小揺るぎもしない。
「ダメダメ! 可愛さが足りないよ! 僕を倒すには誰かに“可愛い”って言って貰わないと!」
「理不尽すぎるだろうが!」
何者が焦熱の魔人と恐れられる悪魔に向かって可愛いとコールするというのか。どう考えても、相性が悪い権能だった。
「これは無理だ。お前、何か手はあるか?」
「お前って言わないで。元の姿ならともかく、今の私じゃ無理ね。元の姿ならともかく」
「二度言わんでいい」
でたらめな権能だ。だが、どうやっても覆せない。その事実をレヴァンティアとニヴレインは認めた。だが、不思議と痛快な気分だった。契約を結んでいない状態で、大悪魔と呼ばれる自分たちを下すことができるという事実。人間と悪魔の新しい関係を見た。
「さて、そろそろ決着をつけるか」
レヴァンティアが構えた。すでにシュロの体は巨人のように大きくなっている。ヌイグルミサイズのころでさえ太刀打ちできなかったのだ。声援で力を得たという今では、どうあがいても戦いにならないだろう。それでも、形ばかりでも決着をつけようとするのは武人としての矜持。焦熱の魔人としてのレヴァンティアのこだわりだ。
「うん!」
シュロが拳を振り上げる。レヴァンティアが炎を放った。だが、それをものともせずシュロの拳がレヴァンティアの体を打つ。擬音をつけるとしたら“ポコン”と記すのが適切な猫パンチのような一撃。それでも、レヴァンティアのこの世界における仮初めの体を吹き飛ばすには十分な威力だった。
「負けたぞ、グラシュロ。なかなか、面白い人間と縁を持ったみたいだな」
世界とのつながりを維持できなくなり、レヴァンティアの体が溶けるように消えていく。
「じゃあ、次は私ね。面倒だから、さっさと送って頂戴」
「わかったよ」
先ほどと同様にシュロの拳がニヴレインに触れる。それだけで彼女の体は崩壊を迎えた。
「契約によらない関係ね。少し羨ましいわ」
「それじゃあ、いつかステラに召喚してもらえばいいよ」
「ふふふ、それも面白そうね」
ニヴレインも、体を維持できなくなり消えた。シュロの理不尽な権能で、大悪魔を退けることができたのだ。
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