42. 契約……しません!
死んじゃったかと思った。でも、生きてる。何でかなと思ったら、燃えさかる火炎は輝く光の盾で防がれているみたい。ナークさんの法術だ。
「ぐぅ……!」
ナークさんが苦しげに呻く。
今のところ、光の盾は完全に炎を防いでいる。だけど、この様子ではいつまでもというわけじゃなさそうだ。強力な攻撃を防ぐと、その分マナを余計に消費するらしい。絶えず業火に晒されている以上、長くは持たないだろう。
「――ディストリビュートマナ」
その時間を少しでも長くするために、私のマナを分け与える。本来なら魔術で攻撃するためにできるだけ温存する方針なのだけど、仕方がない。ここでナークさんの法術が切れれば、死は免れないのだから。
「炎が途切れたよ!」
ロウナが叫ぶ。
マナを大盤振る舞いしたおかげか、どうにか炎の攻撃を防げたみたい。だけど、次はない。私のマナはほとんど空っぽだし、それはナークさんも同じだろう。
これほどの炎の攻撃。普通なら連続で出来るものじゃない。例外となるのは、私の魔術か、それとも魔術を介して力を貸す大本の存在――すなわち、レヴァンティア本人か。
「いるね」
シュロが空の一点を見つめ呟く。その先にいるのは赤と青の二つの影。遠くてはっきりとは見えないけれど……あれが、レヴァンティアとニヴレイン。
「ヤバいね……。あれは、ヤバい……」
同じくそちらを見たらしいロウナがカタカタと震え出す。私の手も震えてる。
「征魔騎士だ!」
「頼む悪魔を倒してくれ!」
誰かの声につられて見れば、悪魔に向かって馬を駆る数人の騎士の姿があった。彼らは教会から派遣されてきた対悪魔のスペシャリスト。レヴァンティア討伐のために集められた人員だ。
レヴァンティアが騎士達に気づいて、炎を飛ばす。先頭の騎士が右手を掲げると、空に浮かんだ光の盾が炎を防いだ。後続の騎士も腕を掲げる。光の矢が一斉に放たれた。だが、それらがレヴァンティアに届くことはない。ニヴレインが腕を一振りした瞬間、生成された氷が壁となった。光の矢は氷の壁に防がれて霧散する。
一方でレヴァンティアの炎は勢いを増していった。先頭の騎士ひとりでは防げない。後続の騎士も追加の矢を放つ余裕はなく、防御に回らざるを得ないようだ。
やっぱり勝てないんだ。強力な悪魔、レヴァンティアの前では人間は無力。征魔騎士でさえ、傷の一つも負わせられない。
仕方がない。もう十分良くやった。諦めの気持ちが胸中に湧き上がる。同時に死にたくないという気持ちも。
死にたくない。誰か……誰か助けて。
声には出さない。最後の強がりだ。代わりに腕に抱いたシュロをぎゅっと抱きしめた。
「……そろそろ僕の出番かな?」
「え?」
ふと、声がした。シュロの声だ。いや、本当に? シュロにしては冷たい声だった。冷たい冷たい……魂を狩る者の声だ。
「ステラ、助かりたいかい? みんなを助けたいかい?」
「う、うん」
シュロは嗤う。日だまりのような笑顔ではなく、冷たい冷たい捕食者の笑顔で。
「では契約を結ぶかい? 今なら僕も権能を獲得できるはずだ。その力を以て、君の助けになれる。さあ、どうする?」
契約を結ぶ。そうすれば助かる。代わりに失うものがあるかもしれないが……このままでは何もかも失うんだ。それを考えれば、契約を結ぶしかないのかもしれない。
だけど……だけど、失っちゃいけないものがある気がする。それが命より大切なものかどうかはわからない。だけど、私にとっては大切なもの。そして、たぶん、シュロにとっても。
私とシュロは人間と悪魔。二人の間に結ばれるべきなのは契約? いいや、違うはずだ。だって、私たちは友達だもの。友達に契約なんて必要ない。友達に必要なのは――……
「ううん、契約は結ばない。でも、助けて欲しいの! シュロ、お願い!」
もちろん、一方的に助けてもらうだけじゃ駄目だ。シュロが困ったとき、今度は私が助けるんだ。だから、今は。今はシュロの力を貸して欲しい。
シュロを見つめる。シュロも私を見つめる。気持ちは伝わる。伝わる……はず。
ふいにシュロがニカっと笑った。太陽のような笑顔だ。
「えへへ、うん、わかったよ! 任せて! 僕がステラを……みんなを守るから!」
シュロはそう言うと、ぴょんと私の腕から飛び出した。そのまま宙に浮いている。
「お、おお……! なるほどなるほど! これが権能か! ふんふん。なるほどなぁ」
そして、一人で納得している。
「……シュロさんは権能を手に入れたのですか?」
ナークさんが険しい表情でシュロを見ている。明らかにシュロを警戒している様子だ。だけど、シュロは気にした様子もなく頷く。
「うん! ええとね、僕の権能はね――……」
シュロの説明とちょっとした頼み事を聞いた。聞いたけど、いまいちよくわからなかった。でも、すっごくシュロにふさわしい権能だと思う。
「はぁ? え?」
ナークさんが間の抜けた表情をしている。なんだか久しぶりに見たね。
「それじゃあ、行ってくるよ!」
そう言ってシュロは飛び立っていった。二人の悪魔が待つ空へと。
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