41. レヴァンティアに気づかれた!
「来たぞ、魔物だ!」
誰かが叫んだ。私にはまだ見えない。だけど、東の地平線が霞んでいるのがわかる。疾駆する魔物達が砂煙を巻き上げているんだ。
私が立っているのは、サイハの街の東側の市壁の上。本来なら人が待機できるようなスペースはないんだけど、急造の櫓が建てられて、それを繋ぐように足場も確保されている。ヴェラセイド王国軍の侵攻に備えて急遽作られたものだ。
ここから魔物に向けて魔術を放つのが私の役割。すぐそばにはナークさんとロウナもいる。弓なんかの遠隔攻撃ができる冒険者や傭兵が壁の上に集められているんだ。
残る冒険者たちは東門の内側で待機している。門を破られた場に敵軍の侵入を防ぐのが彼らの役割だ。ハセルとメイリはそちらに混ざっているらしい。
「見えた……」
「そうだね」
私の呟きに腕の中のシュロが応える。
「報告通り、魔物を先行させているようですね」
ナークさんの言う通り、確認できるのは魔物の群れだけ。当然といえば当然かな。魔物の駆ける速さに人の身で追いつくのはまず無理だ。それに、うまい具合に操っているようだけど、所詮魔物。人間と連携を取るのは難しいはず。それなら、魔物だけでぶつけた方が簡単でいい。失っても惜しくない戦力だしね。
だけど、これなら思いっきり魔術を放てる。全力で放てば、きっとどんな魔物でも倒せるはず……。
「群れの先頭は中型、狼のようなタイプ! 後続に、巨大な獣の魔物です。いずれも、数は多数!」
目の良さを買われて物見を任された衛兵さんが大声で報告する。私たちにというよりは、東門で待機している冒険者たちに伝えるためだね。
敵軍が操っているにしては、統率が取れていない。操るというよりは、追い立てているという感じなのかな。
そのせいで、グループごとに固まって襲いかかってくる形だ。最初の群れは中型の魔物。衛兵さんは“狼のような”と称したけど、それにしてはちょっと不細工だ。森の中の遺跡で見た人工魔物と同タイプだね。
不細工狼は、他の魔物と比べると素早いみたい。後続を引き離し、先頭は門のすぐそこまで迫っている。素早くて厄介な相手だ。街に入り込まれると大変なので、できるだけ数を減らしたい。
確認のために視線を向けると、ナークさんはゆっくりと首を横に振った。
「まだです。どのみち奴らでは門を壊せません。もう少し集まってからでいいでしょう」
たしかに、そうだ。門までたどり着いた不細工狼がカリカリと爪を立てても、扉はびくともしない。しばらくは放置しても良さそうだ。
私だけなら、焦って魔術を使っていたかも知れない。だけど、今回は長期戦が予想される。マナを節約するためにも、魔術の使いどころを慎重に見極める必要があった。戦いの経験が浅い私では判断が難しいので、ナークさんが指示してくれることになっているんだ。
「そろそろ、いいでしょう。ステラさん、第一エリアを凍らせてください」
「わかりました!」
「他のみなさんは下がって! 魔術に巻き込まれないように!」
ナークさんの指示に従い、魔術を詠唱する。第一エリアというのは、防壁ギリギリからちょっと先までの領域だ。指示がわかりやすいように、予め場所ごとに名前をつけている。わりと細かく分割されているので、覚えるのに苦労した。
「ニヴレイン・プリズン」
氷の牢獄ができあがる。市壁に押し寄せていた魔物たちはほとんどが牢獄に閉じ込められた。壁上に上っている冒険者たちがどよめく中、氷の牢獄は砕けて消える。捕らわれた魔物達は跡形も残らない。
「おお!」
「これなら勝てる! 勝てるぞ!」
サイハに残っている人たちは、ほとんどが死を覚悟している。だけど、私の魔術でたくさんの魔物を一掃したことで、希望を見いだしたみたい。
実際にはそれほど甘い話ではないんだけどね。もっとも、それは冒険者たちもわかっていると思う。レヴァンティアとニヴレインの話は伝わっているはずだから。それでも歓声を上げているのは、気持ちを奮い立たせるためだろう。
「コウモリだ! コウモリが来てる!」
「狙え、撃ち落とせ!」
「やばい、門が襲われてる!」
「大丈夫だ! そっちは大鎧の旦那が行った!」
戦いは続いている。すでに数刻が経過したように思えるけど、実際には半刻にも満たないほどだろう。それでも、体が重い。マナはまだ残っているけど、この分ではいつまでもつか。
魔物はあいかわらず大量に現れている。だけど、その陣容は様変わりした。不細工な狼は消え、コウモリと大猿が主力となっている。
数は少ないけど巨大蜥蜴もいる。子爵家の地下遺跡で見た、あの魔物だ。その突進力は凄まじく、何度も受けると門も破壊されかねない。すでに、二度の突進を受けて、門がひしゃげていた。小型の魔物がその隙間から侵入しようとしてくるので、門で待機していた冒険者たちも対応に追われているみたいだ。
巨大蜥蜴は近寄る前に私の魔術で倒す方針だけど、ときおり討ち漏らすこともある。それに対応するのが、ドグさんだ。例の魔法技術で作られた大鎧を纏って大活躍している。ただ、マナをフル充填できたのは一式だけ。長時間稼働できるわけではないから、ドグさんが動くのは、本当に必要なときだけだ。
「ステラさん、第三エリアに蜥蜴の群れです。炎の嵐を!」
ナークさんの指示が飛ぶ。ほとんど反射的に呪文を唱えて魔術を放った。いや――……
「なんで? なんで魔術が発動しないの!?」
呪文は正確に唱えたはず。だけど、何も起こらない。マナが消費された気配もない。
「ステラ、別の魔術にしよう! 雷は?」
シュロの声で我に返る。呆然としている暇はない。今、このときにも蜥蜴は迫っているんだから。
「――スパイア・ライトニングウェイブ」
第三エリアを越え、すでに第二エリアに差し掛かっていた蜥蜴に向けて雷撃が迸る。バチリと激しく音を鳴らして着弾したあと、雷撃は後方の蜥蜴へと連鎖的に広がっていく。威力は十分だ。雷撃の餌食になった蜥蜴たちはピクリとも動かない。
良かった。どうにかしのげたみたいだ。でも、炎の魔術が使えないのは痛い。マナの消費効率が良いし、威力も攻撃範囲も強力なんだ。先のことを考えると、あまり良くない状況だった。
「でも、何で急に魔術が発動しなくなったんだろう?」
私の呟きにシュロが答えた。
「たぶん、レヴァンティアが気づいたんだ」
そうか。あの魔術はレヴァンティアの力を借りたもの。つまり、その力を貸すも貸さないも、決めるのはレヴァンティアだってことだ。自分の力が味方勢力を撃退するのに使われていると知れば、貸し与えるのをやめるのは当たり前と言える。
「ということは、ニヴレイン由来の魔術も……」
「そうだろうね。それより……来るよ!」
シュロが珍しく緊迫した様子で警告を発する。直後、視界が一面、真っ赤な炎で埋め尽くされた。
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