40. 言ってしまった!
渋々ながら子爵家のお屋敷を訪れた私はすぐさま会議室のような部屋に通された。その中で待ち受けていたのは険しい顔をしたおじさんたちだ。いや、まあ、しばらく子爵家で働いてたから、知り合いも多いんだけどね。
とはいえ、中には領主様もいるので、馴れ馴れしい態度はとれない。
「みんなピリピリしてるね。どうしたの?」
と、思ったそばから、シュロがニコニコ笑顔で挨拶した。腕に抱いている私にも視線が集まる。ひぃ!
ちょっぴり緊張したけど、多くの視線は無礼者を咎めるという感じではなかった。シュロの愛らしさが、場の雰囲気を和やかにした……わけじゃないんだろうけど、おじさんたちの表情も心なしか緩んでいる。怒られずにすんだみたい。
「おお、シュロ殿。それにステラ嬢も。良く来てくださいました。さあ、こちらに」
領主様に一番近い場所に座っていたグレフさんが手招きして隣の席に座れという。そこはつまり、領主様に二番目に近い位置だ。なんだって、そんな場所に……と思うけれど、私はシュロほど肝が据わっていない。異論は挟まず、ささっと座った。
目立たず騒がず迅速に行動したつもりだったけど、領主様の視線がこちらを向いた。チラ見かと思ったけど、じっと見られてる。
「急に呼び出してすまなかったな、魔法顧問殿。君の力を借りたい」
「は、はい! 微力を尽くします!」
しかも声を掛けられたよ!
もう魔法顧問は辞めたのだけど、そんなことを指摘できる雰囲気じゃない。仕方なくそう答えると、参加者の数名が満足そうに頷いた。既成事実化しようとしてる? いや、まさかね。
会議の出席者は、当然ながら子爵家の関係者がメインだ。領主様を筆頭に、衛兵隊のグレフさんとドグさん、そしてモースさんもいる。基本的には領内の治安、行政を司っている人たちが集まっているみたいだね。部外者は私とシュロ、そしてナークさんだけだ。
そんな中、青い顔で胸を押さえている男性だけがちょっと浮いていた。彼は屋敷の使用人。本来ならこんな会議に出席するような立場ではないんだけど、今回は子爵家の魔法関連の責任者ってことで出席しているみたいだ。つまり、私のあとを引き継いだってわけだね。じゃあ、やっぱり、私はもう魔法顧問じゃないじゃん!
途中合流の私に配慮してか、改めて議題の再確認が行われた。議題は、悪魔召喚と隣国の政情について。まずは、悪魔召喚についてナークさんの口から語られる。といっても、大体は斡旋所でルイスさんに聞いた内容とほぼ同じだ。
今回の召喚に関しては、ヴェラセイド王国の王都ベルムで儀式が行われたのはほぼ確定らしい。ナークさんの報告から、レヴァンティアがこの周辺で召喚されたと知った教会は、再召喚を警戒し監視の目を厳しくしていたみたい。
「召喚された悪魔は不明ですが、儀式の規模から、レヴァンティアに比類する悪魔であることが予想されます。ステラさん、シュロさん、何か情報はありませんか?」
一通り話し終えたところでナークさんが、私とシュロに話を振ってきた。私たちが情報を掴んだことを知っているわけではないだろうけど、もしかしたらと考えたのだろう。見事な推測だね。
「実は――……」
斡旋所で話した内容を、再び説明する。ニヴレインの名前を聞いたとき、会議の参加者からは呻くような声があがった。本来、教会所属の人以外は、悪魔の強さなんてあんまり知らないんだけどね。子爵家では、すっかり共有されている。
「よりにもよって氷葬姫ですか。いえ、半ば予想していましたが……」
ナークさんの表情も暗い。教会の位置づけでは、レヴァンティアとニヴレインが二大災厄みたいな扱いらしいからね。その両方を相手取る必要があるとなると、気が重くなるのもわかる。
なんて、ちょっと他人事のように考えていたのだけど、実は全然他人事じゃなかった。そのことは、次の議題で明らかになる。
「契約者と思しきはラウロン・エルベセイダ・ヴェラセイド。ラウロンはヴェラセイド王位を簒奪した後、ハーセルド王国へと宣戦布告しました」
「えぇ!?」
グレフさんの言葉は淡々としていた。他の参加者にも驚きはない。すでに聞いていたからだろう。会議室には私の驚きの声だけが響く。
でも、そんなことを気にしている余裕はなかった。ハーセルド王国とは、つまりこの国だ。しかも、ナルコフ子爵領はヴェラセイド王国と隣接している。その大部分は山脈に隔てられているとはいえ、普通に行き来できる道もあるんだ。サイハが戦火に見舞われる可能性は高い。
「ヴェラセイド王国軍はすでにナルコフ子爵領に迫っています。子爵領の東端にある砦はすでに陥落しました。どうやら、奴らは悪魔の力で魔物を従えているようです。ヴェラセイドは友好国であったため、防備が薄かったことも災いしました」
「……そんな」
国境の砦が陥落した。それはつまり、ヴェラセイド王国軍が領内に侵入しているということだ。であれば、サイハが戦場になるのは避けられない。補給線を考えれば、サイハを無視して進軍することはまずありえないだろう。
そして、国境からサイハまではさほど距離がない。旅人の足で二日といったところ。悪路というわけでもないので、大人数による行軍でも三日後には街まで迫るはずだ。
「状況はわかってもらえたと思う。正直に言えば、街を守るための戦力が足りない。近隣の領には応援を要請したが、到着するには時間がかかる。少なくとも独力で数日は持ちこたえねばならんだろう。そのためには強い力が必要となる。敵を一掃するほどの力が」
領主様の目が私を捉える。
強い力。それが何を意味するのか、わからないはずがない。領主様は私の魔術で敵を倒せと言っているんだ。拠点防御とはいえ、軍の規模が違いすぎる。そうでなければ、サイハはもたないと見ているんだろう。
「魔法顧問殿、改めて言うが力を貸して欲しい」
そう言って領主様は頭を下げた。だけど、私はすぐには答えられない。
サイハの街を救いたいという気持ちはある。私で力になれるのなら、応えたいという気持ちもある。だけど……。
「わ、私は……人を攻撃するのは……」
敵軍とはいえ、同じ人間だ。私に攻撃できるのか。正直に言えば、自信がなかった。
追い詰められれば攻撃できるかもしれない。だけど、できなければ? 私の魔術を前提に作戦を組んでいたら、壊滅的な被害を受けることになる。そんなことに耐えられるだろうか。
頭の中がぐちゃぐちゃになって、うまく考えがまとまらない。そんなとき、グレフさんが私の肩に手を置いた。
「もちろん、ステラ嬢に軍の相手をしろとは言いません。幸いと言っていいかどうかわかりませんが、敵の主力は魔物です。ステラ嬢に頼みたいのは、冒険者の仕事。つまり、魔物退治です。軍人の相手は我々の仕事ですから」
ドグさんもニカっと笑って、グレフさんの言葉を引き継ぐ。
「そうですね。せっかく、例の鎧を試せるチャンスなんですから。俺の相手も残してもらわないと」
普通に考えれば軍隊ごと魔術で一掃した方がいいはずなのに……。グレフさんもドグさんも私に気遣ってくれている。いや、何も言わないところをみると、領主様も。
こんなことになるなんて思っていなかった。それでも、サイハを……街のみんなを守りたいのは私も同じだ。魔物だけでいいというのなら、私の魔術で街を救えるのなら――……
「わかりました。できるだけのことはします!」
言ってしまった。もうあとには引けない。いつもと同じ魔物退治だ。だけど、街の命運が私にかかっていると思うと、どうしても震えがとまらない……。
「大丈夫だよ、ステラ。何があっても、僕がステラを守るからね」
「シュロ……」
いつもと変わらない笑顔でシュロが励ましてくれる。ぎゅっと抱きしめると、ちょっとだけ頑張れるような気がした。
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