39. 逃げられた!

 依頼を達成した私たちはサイハの斡旋所に戻った。報告もあるけど、緊急の仕事が突然舞い込むこともあるからね。


 魔物の被害が大きくなってるのに、討伐の手は全く足りていない。冒険者も傭兵もてんてこ舞いだ。特に強い魔物が倒せる星三以上の冒険者を遊ばせておく余裕はないってことで、できるだけ斡旋所に待機して欲しいとまで言われている。


 まあ、実際に待機することはないんだけどね。星三相当の仕事がなければ、適当な仕事を割り当てられるから。最近、私たちの担当みたいになってるお姉さん――――ルイスさんはなかなか押しが強い。


 今度はどんな依頼だろうかと考えながら、受付に向かう。だけど、ルイスさんの様子がおかしい。その顔はすっかり青くなっていて、圧の強いニッコリ笑顔は影を潜めている。


「蛇、倒してきましたけど……どうしたんですか?」


 ハセルも気になったのか、報告もそこそこに理由を尋ねた。それに対して、ルイスさんはぎこちない笑顔を浮かべたあと、首を横に振る。


「それは後にしましょう。まずは報告を」

「そうですか? いえ、そうですね。わかりました」


 ルイスさんの言い分はもっともなので、報告を先にすませることになった。といっても、イビルヴァイパーの討伐については特筆すべきことはない。無事討伐を終えたこと、肉だけ確保したのでそれを寄付することをハセルが告げる。


 いつもなら喜んでくれるんだけど、それでもルイスさんの表情は晴れない。よほど深刻な悩みがあるのかな。


「ステラ。あのことも伝えておいた方がいいんじゃないかしら?」

「あのこと?」

「氷の魔術のことよ」

「ああ……」


 ロウナが言っているのはニヴレインが召喚されたかもしれないという推測についてだろう。


 ルイスさんはあくまで斡旋所の職員。治安を守ったりする立場の人ではない。でも、斡旋所は仕事柄、色んな方面に伝手があるんだ。だから、斡旋所に情報を流しておけば、それが勝手に各方面に伝わるってわけ。私たちは面倒な報告を一度ですますことができて、斡旋所は各方面に恩が売れる。古より伝わる“ウィンウィン”ってヤツだ。


 というわけで、イビルヴァイパーとの戦いにおける氷魔術の威力の向上と、それから推測されるニヴレインの動向について簡単に説明しておく。


「……そうでしたか」


 なかなか衝撃的な情報だと思ったのだけど、意外にもルイスさんの反応は薄い。興味がないというよりは、何かに納得したように見えるね。


「もしかして、知ってました?」

「いえ、ニヴレインとまでは。しかし、新たな悪魔が召喚されたかもしれないという報告がありまして」


 なるほど。悪魔の情報ってことは、ゼウロ教かな。さすがに対応が早いね。でも、レヴァンティアのときには特に知らせとかなかったと思うんだけど。方針転換したのかな?


 いや、それにしてはちょっと変かも。教会から発表するにしても、聖都から教皇の言葉として伝えるんじゃない? それにしては斡旋所に情報が伝わるのが早すぎるよね。というか、ゼウロ教がわざわざ一地方の斡旋所に連絡を入れるのがまずおかしい。


「その報告というのは、どこから?」

「ナークさんですよ。みなさんは知り合いですよね」

「ああ、なるほど」


 そういうルートか。それならば理解できる。ナークさんも一応は冒険者だから教会から聞いた情報を斡旋所に知らせることもあるかも。


 ……あるかな?

 あるとしたら、それは緊急を要するときだよね。そうじゃなければ、教会からの発表を待てばいいわけだから。


 ということは、サイハの斡旋所には急ぎ知らせた方がいいという判断があったわけで。考えられる可能性としては――……


「ニヴレインがサイハの近くで召喚されたってこと?」


 私の呟きに、ハセルたちが息を呑んだ。


 みんな、なんとなく嫌な予感はしてたと思う。このところの魔物の異常発生。何か原因があるはずだもの。その原因として、悪魔召喚は十分にあり得る。ナークさんから聞いたから、ハセル達も知っているはずだ。それでも、できれば違って欲しいという想いから、気づかないふりをしていた。


 でも、やっぱり、私の予想は外れてはいないみたい。ルイスさんの表情には驚きがなかった。


「悪魔召喚はヴェラセイド王国の王都ベルムで行われたとゼウロ教は見ているようです」


 隣国の王都か。政変があったばかりだよね。王族出身の将軍が謀反を起こしたって話だった。


「謀反のための悪魔召喚……ではないんですよね?」

「ええ。少なくともニヴレインに関しては。召喚はおそらく、そのあとだそうです」

「そうですか……」


 謀反のために悪魔の力を使ったのなら良かった。いや、良くはない。少なくない命が失われただろうから、決して良かったと言ってはならない。それでも……まだ被害は少なかったはずだ。自分が権力を握ることで野望が満たされたのならば、それで悪魔との契約は終了していただろうから。


 だけど、謀反のあとに召喚が行われたというのなら、それは首謀者の野望がまだ成就されていないということに他ならない。国を乗っ取っても満たされない野望だ。ろくなことにはならないと簡単に予想がつく。


 気が重い話だね。ルイスさんの顔が青くなるのも無理ない。今日は魔物討伐を切り上げて、休みたい気分だよ。


 だけど、残念ながら、状況はそれを許してくれなかった。ルイスさんの話には続きがあったんだ。


「その件に関して、ナルコフ子爵家からステラさんに依頼があるそうです。できるだけ、早く屋敷まで来てくれと」


 うわぁ、そう来たか。たしかに、悪魔関連のことは相談に乗るって言っちゃったよ。私にできることがあるとは思えないけど、それでも顔は出しておかないと。


 ルイスさんによれば、依頼があるのは私にってことだけど。


「ねえ、ハセ……あれ、ハセルたちは?」


 ハセルに話を振ろうとしたところで、いつの間にか彼女たちがいなくなっていることに気がついた。


「ええとね、ステラに依頼がどうこうって話が出たところで、こっそりと離れていったよ」


 ばつが悪そうな顔でシュロが教えてくれる。どうやら、お菓子で買収されたみたいだね。口元に甘い匂いのする欠片がたくさん付着している。本当に、いつの間に。


 いや、それよりもハセル達だ!


「逃げられた!」


 ぐぬぬ……巻き込んでしまおうと思ったのに!

 変に勘が鋭いんだから、まったく……。

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