34. なんでやね~ん!

 眠りの霧はすぐに消えたけど、影響範囲はかなり広かったみたい。モースさんが待機している場所まで戻ると、そのモースさんまでが眠っていた。

 

 この場所は市壁からそう離れていない。モースさんが眠っていたとなると、最悪の場合、街にまで影響が及んでいる恐れがある。


「どうしよう? 下手したら、壁の向こうまで広がっちゃたかも!」

「うーん、どうかな? ギリギリ大丈夫な気がするけど。まずはこの人、起こしてみたら?」


 シュロの言葉に従い、モースさんの肩を揺する。魔法による眠りも自然な眠りと大した違いはないみたいで、モースさんはすぐに目を覚ました。


「うぅ……魔法顧問? 私は、いったい……?」

「実は――……」


 事情を説明すると、モースさんは大きく頷く。


「さすが、魔法顧問! それほど大規模な眠りの魔法が使えるとは!」

「もう魔法顧問じゃ……いや、それはともかく、眠っている人を起こさないと。それに街まで影響が及んでいたら大変です」

「まあ、そうですな。まずは、手近なところから起こしていきましょう。そのあと、誰かを街に走らせればいいでしょう」


 モースさんと手分けして、近くで眠りこけている人たちを起こしていく。起きた人が起こす側に回っていくので、付近の人はすぐに目覚めさせることができた。


 そのあとは役割分担、農家の人は眠っている人を探して起こし、冒険者はタヌキを運び出して退治する。モースさんは一度街に様子を見に戻ったけど、幸いなことにそちらには魔術の影響はなかったみたい。すぐに戻ってきた。


 そのまま、作業を続けること一刻ほど。範囲内で眠っている人は全て起こし、眠っているタヌキはことごとく排除できた。


「いやあ、魔法顧問のおかげで、この辺りの区画はすっかりと片付きましたな」

「そ、そうですね……」


 モースさんがご機嫌で褒めてくれるけど、私としてはちょっと落ち着かない気分。だって、想定外のアクシデントだったんだもの。眠りの魔術だったから、大した問題にならなかったけど、別の魔術だったら大惨事になっていた可能性もある。気をつけないとね……。


 ありがたいことに、魔術に巻き込まれた人たちも、あまり気にしていない……どころか喜んでいるみたいだ。


 害獣退治は普通、長期戦だからね。それがあっさりと片付いたので農家の人たちは大喜びだった。


 冒険者たちも仕事が簡単になったと嬉しそうだ。畑を荒らさないようにしつつも素早いタヌキを逃がさず倒すというミッションが、眠って動かないタヌキを運び出して始末するだけのお仕事に変わった。難易度でいえば、かなり下がったんだ。報酬が同じなら仕事は楽な方が良いから、冒険者たちも喜んだってわけだね。


 残念ながら、今のところ、私の討伐数はゼロ。このままでは依頼達成ならずだ。


 もちろん、タヌキたちを眠らせたという意味では私も貢献している。ごねれば少しくらいおこぼれを貰うことはできるだろう。


 でも、さすがにそれはしない。魔術の押し売りをされても、冒険者にとってはいい迷惑だろうからね。少しの利益のために、同業者の恨みを買うのは得策じゃない。怒られなかっただけでも御の字だと思おう。どうせ、タヌキはまだいるしね。


「では、今度はこちらの区画をお願いします」

「わかりました」


 モースさんに連れられて、別の区画までやってきた。さっきの魔術の範囲から漏れた場所だ。今度は事前に待避するように通達がいってるから、農家の人たちをうっかり巻き込んでしまう心配はない。代わりに、何が起こるんだと後ろから見られているから、ちょっとやりづらいけど。


「効果範囲に注意してね! しっかりと思い浮かべないと駄目だよ」

「あ、そうだった。危ない危ない」


 シュロから注意を受けて、効果範囲の設定を思い出す。普通に使うと自分を中心に霧が発せしちゃうから、ちゃんと前方に限定しないと。


「――ネムリス・ミスト」


 詠唱を終え、魔法が発動すると、さっきと同じように魔法の霧が発生した。今度こそ、きちんと効果範囲を限定できたみたい。農地は区画ごとに四角く区切ってあるから、範囲をイメージしやすくていいね。


「さあ、今のうちだ! 顧問の魔法でタヌキどもは眠っている。全て排除してしまうのだ!」


 モースさんがノリノリで冒険者たちを鼓舞する。でも、どちらかといえば、士気があがったのは農家の人たちだ。冒険者たちよりも素早く畑に散っていった。畑を荒らすタヌキたちに怒りを募らせていたみたいだね。慌てて、冒険者たちが後を追った。


 おっと、私も行かないと。


 いや、子爵家からの仕事のおかげでお金に困っているわけじゃないけどね。それに、あんまり頑張ると受付のお姉さんが暴走しそうな気がする。そういう意味では、ほどほどの成果で構わない。それでも一匹も討伐できませんでしたじゃ、格好がつかないよね。


「待ってください、顧問。タヌキどもの始末は冒険者に任せて、残りの区画へと向かいましょう」


 いざ、タヌキを探しに向かおうというところで、モースさんに止められてしまった。たしかに、全体の効率を考えるとそちらの方が良いと思うけどね。


「でも、私も斡旋所から仕事を受けて来てますから。一匹くらい駆除しておかないと」

「むぅ、そういえば、本日は冒険者としてこちらにいらっしゃったのでしたか」


 あんまり話を聞いてくれないモースさんだけど、一応、斡旋所の仕事で来たことは聞いていたみたい。


「なるほど。でしたら、魔法顧問には別途報酬をお支払いします。斡旋所にも貢献についての書状を書きますから、そちらを提出いただくという形でどうでしょうか」

「そういうことなら、了解です」


 たしかに、それなら依頼達成という形になるはずだ。モースさんの提案を受け入れよう。でも、ね。


「さっきも言いましたが、子爵家でのお仕事は辞めましたから。もう魔法顧問と呼ぶのはやめてください!」

「むむ……そうですか。たしかに、もう魔法顧問ではないのですよね……」


 モースさんが渋々と頷く。ついに、私の言葉が届いたんだ。と、思えたのは一瞬だった。


「では相談役と呼ばせていただきます!」

「なんでやね~ん!」


 我ながら見事なツッコミ!


 いや、顧問も相談役も大して変わらないよ。他の人に誤解を与えるからやめて欲しいな、もう。

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