33. 範囲が広すぎた!

 思うところはあるけれど、ひとまずは引き受けた仕事をこなすことにして斡旋所を出た。仕事を始めるには遅い時間だけど、近場の魔物退治だから、たぶん問題ない。


 討伐対象はペブルラクーン。見た目はタヌキで、強さも普通のタヌキと大差ない。魔物分類になっているのは、ときどき魔法を使うからだ。といっても、小石を生成して投げつけてくるだけなんだけど。小石なんてその辺りに幾らでも落ちてるんだから、わざわざ生成しなくてもいいのにね。


 強くはないけど、畑を荒らすので農家の人にとっては天敵だ。とはいえ、冒険者に依頼するほどの魔物でもないんだけど。農家のおじさんはたいてい屈強なので、鍬を振り回して自分で退治しちゃうことがほとんどだ。それでも依頼が出てるってことは、きっと数が多いんだろうね。


 依頼主はナルコフ子爵家だけど、詳細については農業区のとりまとめの人が教えてくれるらしい。市壁の外、街の南側にある農業区へと向かった。


「おお、良く来てくださいました! 助かります!」


 とりまとめ役の人を探して依頼を受けたことを話すと、驚いたことにかなり好意的な歓迎を受けた。低ランク依頼だから“お前のような小娘には務まらん”みたいな展開になるとは思ってなかったけど、だからといってここまで歓迎されるとは予想外だ。


 なんでかなと思ったけれど、その理由はすぐにわかった。


「魔法顧問がいれば百人力です! あの性悪ダヌキどもを根絶やしにしてやりましょう!」


 農家の格好をしてたから気づかなかったけど、この人、子爵家の衛兵さんだ。名前は、たしかモースさん。セイリッド様の馬車を助けたときにも護衛にいた人だ。


 ていうか、大声で魔法顧問って言わないで欲しい。そばにいた農家の人や、同業者の人から何事かと見られちゃってる。


「あの、子爵家での仕事は辞めたので……」

「なんと、そうだったのですか!? 残念ですが、もともと臨時ということでしたから仕方ありませんか。魔法顧問の教えは我々が引き継いでいきます!」


 いや、だから、もう魔法顧問じゃないんだよ。


 このモースさん、わりと魔法の才能があるみたいで、ディストリビュートマナも習得している。だけど、ちょっと私に対する尊敬が過ぎるんだよね。一応は、形の上では私が師匠だから多少ならわからないでもないんだけど。でも、この人の場合、持ち上げすぎなんだよね……。私のことを大魔法使いと勘違いしてるみたい。


 たぶん、馬車のときとか、地下遺跡のときに見せた魔術を見て、そう思い込んじゃってるんだ。あれは、魔術だって何度言っても聞いてくれない。


 まともに話しても疲れるだけだ。さっさと仕事をすませてしまおう。


 仕事の内容はいたってシンプル。農地を回ってペブルラクーンを見つけて倒すだけ。とはいえ、言うは易く行うは難し、だね。ラクーン退治はなかなか大変みたいだ。ラクーンを退治するのがというよりは、被害を抑えるのが、だけど。


 ラクーンたちは畑を荒らしに来ている。畑に入り込む前に撃退できればいいんだけど、手が足りてないから相当数のタヌキが入り込んじゃってる。そんな状況で派手に攻撃を仕掛けると、畑がめちゃくちゃになりかねない。そうなると本末転倒だ。


「魔術で倒すのも難しいよね。どうしても畑が荒れちゃう」


 炎の魔術は論外。農作物ごと灰になっちゃう。使うとしたら、氷の魔術だけど、あれも地面から生えてくるからなぁ。ある程度範囲をコントロールできるとはいえ、農作物の隙間を狙うほど狭くするのは難しい。


 モースさんには悪いけど、魔法や魔術で一網打尽とはいかないかな。


「だったら、新しい魔術を教えてあげるよ!」


 地道なタヌキ狩りを覚悟していたら、シュロがそんな提案をしてくる。


「何か便利な魔術があるの? 畑を荒らすような魔術は駄目だよ」

「大丈夫だよ。任せて!」


 念のために尋ねるけど、シュロは自信ありげだ。


「どんな魔術なの?」

「ええとね、眠りの霧を作り出す魔術だよ。眠ったところを運び出せば畑は無事でしょ?」

「おお、良さそうな魔術だね!」


 相手を眠らせる魔術なら、畑には影響がないはず。運び出すときにうっかり目覚めさせないように気をつけないと駄目だけど、それでも十分に使えそうだ。


 呪文を教えて貰ってから、畑の中を慎重に歩く。運が良いのか、それとも数が多すぎるのか。標的となるタヌキはあっさりと見つかった。向こうもこちらに気づいたみたいだけど、ずいぶん太々しい性格みたい。逃げることも、こちらを威嚇することもなく、のんびりと畑から掘り出した芋を囓っている。


 完全に舐められているね。でも、その方が都合が良い。呑気に芋を囓るペブルラクーンに向けて両手を突き出す。


「〈おいで おいで 迷い子よ 誘いし者の霧の中 ひとときの安らぎを〉ネムリス・ミスト」


 いつもより、ほんの少しマナ消費が多い。だけど、問題なく魔術は発動した。白い霧が標的のタヌキを中心に広がっていく。広がっていく。広がっていく!


「って、これ、どこまで広がるの!?」

「あっ! 範囲に注意してって言うの、忘れてた!」


 シュロォ! 

 いや、これ、私のミスかな。魔術の範囲指定の仕方は教えてもらっていたのに。


 白い霧はあっという間に農地を覆う。さすがに、全域とはいかないけど、複数の区画にまたがって広がっちゃった。術者自身だからか、私は平気だけどね。


 広範囲のタヌキを眠らせることができたんだから、ある意味では都合が良いと言えるけど……だからといって、全く喜べない! だって、この仕事を受注しているのは私だけではないんだもの。これだけ広範囲に影響があるとなると、同業者や、農家の人も巻き込んじゃったはず。


 私一人で起こして回るのは大変そうだね……。

 モースさんに言って、手伝ってくれる人を集めよう!

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