29. 表向きは大丈夫!

 装置の正体を知ってしまったハセル達は、すっかり興味を失ってしまったみたい。関わるのも嫌だという風に、物理的に距離を取ってしまった。せっかく、遺跡好きの同士を増やすチャンスだったのに、うまくいかないものだね。もっと、楽しい遺物だったら良かったのに。


 そうだ、今度マドゥール文明の遺跡から見つかった“お笑い大百科”を貸してあげよう。そしたら、ちょっとは興味を持ってくれるはずだ。


 それはそれとして、せっかくここまで来たんだ。あまり興味が湧かないとはいえ、この大きな巨大鎧についても調べてみよう。


 一人で支えられる重さじゃないので、大人組に手伝ってもらいながら鎧をばらす。中が空洞だったので、男性三人が協力すれば、横倒しにするのは難しくなかった。


「これは、着込んで戦うということかな?」


 バラバラの鎧を見ながら、グレフさんが顎を撫でる。しげしげと眺める表情には興味の色が窺えた。まあ、遺物は子爵家の管理となるわけだからね。衛兵隊長としては気になるんだろう。


「そうだと思います」


 グレフさんの推測に異論はない。中は空洞だし、パーツは簡単に外れる。ということは着脱式だということだろうね。ゴーレムの類ではなくて、本当の意味で鎧なんだと思う。まあ、ゴーレムに戦術的な動きをとらせるのは難しいからね。結局は人間が判断して戦う方が強いってことだろう。


「それで、これは使えるんだろうかね?」

「どうでしょうか。故障していなかったとしても、動かすために必要なマナはすでに残っていないと思いますけど」


 ドグさんは腕のパーツの中を覗きながら、聞いてくる。


 天使と悪魔から抽出したマナで動く甲冑だ。ハセルたちみたいに嫌悪感を覚えても不思議ではないけど、ドグさんはそんな感情とは無縁みたい。まあ、マナの集め方に問題はあっても、魔法技術自体に罪はないものね。その辺りは、私の考え方に近いのかもしれない。


「わかっているとは思うが、天使や悪魔を召喚して再稼働させるなんて真似は許さんぞ」


 グレフさんが釘を刺す。まあ、当然のことだね。人道に反するのはもちろんのこと、それを無視しても天使と悪魔を召喚してマナを奪うなんて無理な話だ。間違いなく教会を敵に回すし、それ以前に天使であれ悪魔であれ、大人しくマナを奪われるわけがない。普通に反撃されて設備ごと壊滅するだけだろうね。


 もちろん、ドグさんもそんなことは承知の上だったみたい。心外だと言うように顔をしかめてから話を続ける。


「わかってますよ。そんな滅びの運命しか待っていないようなこと、命令されてもやりませんて。そうじゃなくて……こう、地道にコツコツ充填するんですよ。さっきの話を聞く限り、ラスバンならマナを充填することができるんじゃないですか?」

「……たしかに。だが、それができるなら、マドゥール文明においても、天使と悪魔からマナを抽出する必要はなかったのではないか?」

「言い方は悪いですが、効率の問題でしょう」

「なるほど……」


 天使や悪魔の命をなんだと思っているのかと言いたくなるけど、きっとドグさんの言う通りなのだと思う。おそらくマナの充填は人間……特にマナの極性に偏りがないラスバンなら可能なはず。それでも、かつての人々が天使と悪魔からマナを搾り取ったのは、短時間で大量のマナを確保するためだろう。本当にろくでもない。


 天使や悪魔がマドゥール文明のことを語りたがらないのもわかる気がするよ。下手に教えたら同じことをしでかす人間が出ると警戒しているのかもしれない。だとしたら、マドゥール文明の調査って公にしない方がいいのかな。もしかして教会に睨まれちゃう?


「あの、ナークさん。もしかして、マドゥール文明のことって調べても公表しない方がいいんでしょうか?」

「あー……どうでしょうね。少なくとも教会がそれらの調査・研究の公表を制限したり差し止めたりといったことをしたことはないと思いますが……表向きは」


 こ、怖いよ! なんではっきりと断言してくれないの!

 というか、表向きって何ぃ? 裏があるの?


 だけど、怖がっているのは私だけだ。グレフさんとドグさんは事もなげに頷いた。


「鎧を研究するにしても、調査内容を公開するのは控えた方がよさそうですね」

「ま、軍事技術なんで、教会のことがなくとも公表することはないでしょうけど」


 軍事技術かぁ。まあ、そうだよね。


 個人的に言えば、軍事技術の復元には積極的になれない。だって、争いの火種になりそうなんだもの。


 でも、だからといってやめろとは言えない。この遺跡は子爵家の管理するものだしね。それに、グレフさんやドグさんの頭には、レヴァンティアのことがあると思う。大悪魔がこの世界のどこかに――しかも、この近隣に潜んでいるかもしれないんだ。それに対抗できそうな手札はできるだけ持っていたいと思うよね。


 それに私だって興味があるんだ。軍事云々はともかく、技術としては面白そうだし。別に詳しい原理まで知りたいわけじゃないけどね。何ができてどんなメリットがあるのか。それが解き明かされるのって、とてもワクワクするじゃない?

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