28. 天使と悪魔とマドゥール文明!

 ナークさんの話をまとめるとこうだ。


 遙か昔には天使という存在はいなかったんだって。悪魔も、今とはずいぶんあり方が違ったみたい。今の悪魔と天使の原型――古代悪魔は暴虐な存在ではなく、ただ人々に寄り添い力を貸し与える存在だったようだ。


 だけど、人の欲深いもの。悪魔の力を使い他者から奪う者、他者を支配する者が現れ出した。“奪う”役割を与えられた悪魔は次第に変質していったそうだ。今の悪魔みたいになったわけだね。


 しばらくは奪う力に、同じ奪う力で対抗する時代が続いた。だけど、とある青年の出現以来、古代悪魔の力を“守る”ことに使う者達が出現することになる。守る役割を与えられた悪魔達も揮う力の影響を受けて変質した。その者達は特に“悪魔から守る”という役回りを求められたので、“奪う”悪魔とは対立することになる。


 長い年月をかけて両者はもはや別の存在となっていく。特に“守る”悪魔の“奪う”悪魔への嫌悪感は凄まじく、自らを悪魔ではなく天使と称するようになったそうだ。


「はぁ、なるほどねえ。つまり、天使は天使を名乗ってるだけの悪魔ってわけなのかぁ。そりゃあ、教会も秘匿したがるわけだなぁ」


 うわぁ、ドグさんが軽々しく禁忌っぽいことを口にした。ナークさんの語りでほぼそのようなものだとわかっていたけど、だからといって明言するのはかなり踏み込んでいる。熱心なゼウロ教徒に言ったら喧嘩待ったなしの言葉だ。


 だけど、ナークさんは平静に見える。いや、その顔に苦笑いは浮かんでいたけどね。


「ドグさん、ここならともかく、他では絶対にそんなこと言わないでくださいよ。教会関係者は激怒しますから」

「わかってるよ。だからさっきまでは様子をみてたでしょ? ナークさんなら大丈夫だと思ったから言ったんですよ。それでも、口に出すのは緊張したけど」

「そうなんでしょうけどね」


 会話のあと、ドグさんが私を見てウィンクをする。どういう意図なのかと考えると……なんとなく想像がついた。たぶん、ドグさんはナークさんを試したんだ。シュロと行動する私のために。


 ナークさんはゼウロ教徒だけあって悪魔には厳しいけど、シュロとは仲良くやってる。けど、それが本心なのか、表面を取り繕っているだけなのかはわからない。個人的には、本当に仲良しなんだと思ってるけどね。


 それでも、人の本心などわからないものだ。だから、ドグさんはあえて過激な言葉を口にして反応を見たんだと思う。


 まあ、その目論見は、ナークさんには筒抜けだったみたいだけど。二人ともお互いの立場を探り探り確認したってところかな。


「ですが、本当に余所では言わないでくださいよ。私だって、少し前ならば激高していたと思いますから」

「おや、そうなんですか? どういう理由で宗旨替えを?」

「信仰を捨てたわけではありませんが……目の前にその言説を証明するような存在がいますからね……」

「ああ、なるほど」


 みんなの視線がシュロへと向かう。そのシュロはニコッと笑って手を振ってみせた。可愛い。


 さて、マナの話で思わぬ時間を取られてしまったけど、これで浄化は完了した。あとは調査の時間だ。


 と、言っても広い空間に鎧が並ぶだけの空間。謎の装置もあるけど、逆に言えばそれだけしかない。正直、あんまり興味もそそられない。調査のしがいがないね。


 さて、どうしようかと考えていたら、ハセル、ロウナ、メイリの三人が部屋の隅のガラス筒の前で話し始めた。遺跡に興味を持ったのなら、私としても嬉しい。けど、ここの設備はあんまりお勧めできないなぁ。


「このでっかいガラスは何なのかなぁ」

「さあ? 何か入れてたんじゃないの?」

「こういうのは専門家に聞いた方がいいのよ。ねえ、ステラ?」


 私の遺跡調査はあくまで趣味であって、専門家なんかじゃないんだけどね。呼ばれたから行くけど。でもなぁ。


「たぶん、だけど、あんまり面白い内容じゃないよ」

「へぇ! ってことは、ステラにはわかるんだ!」

「ほら、言ったでしょう? 詳しい人に聞くのが一番なのよ」

「いや、メイリが威張るのは違うでしょ。それはともかく、これはいったい何なの?」


 やっぱり聞いちゃうんだ。聞かれたなら答えるけど。


「これは、たぶんマナの抽出機だね」

「マナの抽出機?」


 ロウナはピンと来ていないみたい。いや、私も推測でしかないんだけど。


 マドゥール文明は魔法技術を確立した文明だ。魔法とはつまり、魔術と法術の力を利用した技術。その根底にあるのが、ゼウロ教が言うところの魔極と聖極のマナにあることは間違いないと思う。


 この部屋に整然と並ぶ甲冑。これらは、おそらく魔法の力を利用した兵器なんじゃないかな。自律式なのか、それとも身に纏うのかはわからないけどね。


 動かすには魔法エネルギー……おそらく、マナをどうにか加工したものだと思うけど、それが必要なんだと思う。エネルギーは自然に湧き出すものでなければ、どこからか取り出さなければならない。そのための装置が、これなんじゃないかな。


「なるほど。それで抽出機なんだ!」


 私の話にハセルが相槌を打つ。まだ、よくわかってないみたいだ。


 いや、ね。だって、ガラス筒、ちょうど人が一人収まるくらいのサイズなんだもの。しかも、ナークさんが浄化するとき、手前側の設備は聖極のマナを、奥側は魔極のマナを使った。つまり、極性が正反対のマナが淀みとして残っていたんだと思う。


 人間くらいのサイズで、聖極と魔極という正反対のマナを持つ存在といえば、思い浮かぶのは――……


「天使と悪魔ってこと……?」


 掠れた声でロウナが聞いてくる。ハセルとメイリも信じられないという表情だ。一方で大人組の表情は変わらない。話の流れから、予想していたみたいだね。


 そう。ここは、天使と悪魔を捕らえて、その力を搾り取り兵器へと転用する兵器工場なんだと思う。


 マドゥール文明は色々と便利な物を残してくれたけど……わりとろくでもない文明みたいだね。いや、人工魔物とか作ってることは知ってたから、薄々気づいていたけど……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る