23. 調べよう!

 さて、魔物は撃退できたんだけど無事とは言いづらい状態だった。私にもナークさんにも、もちろんシュロにも怪我はない。無事じゃないのは魔術に巻き込まれた建物だ。


 悪魔の話も聞いて、少し落ち着いたところで気がついちゃったんだよね。炎の嵐の影響で壁が真っ黒に焼け焦げている。新たに倒壊した建物はないと信じたいけど……ひょっとしたら、内部には影響があるかもしれない。


「な、なんてことをしてしまったんだろう……」

「あれだけの魔物を無傷で撃退したんですから、そちらを喜びましょうよ」


 ナークさんは呆れた様子だ。言っていることはもちろんわかるんだけど、それはそれ。遺跡好きとしては単純に悲しいんだ。他に手はなかったのかと思ってしまう。あったとすれば、それはシュロしだいなんだけど――……


「んぁ? なに? どうしたの?」


 遺跡の惨状にも、シュロはこんな感じ。まあ、仕方がないね。ナークさんが言うとおり、あれほどの数の魔物を被害なく殲滅できただけで奇跡のようなもの。それ以上を望むのは欲張りだ。


「ううん、なんでもないよ。あ、シュロ。魔術を教えてくれてありがとうね」

「えへへ。ステラの役に立ったなら良かった! あ、ええと、僕ね、またたまごが食べたいな!」

「わかったよ。それじゃあ、今晩は卵料理を二品注文しよう!」

「わぁ、やったぁ!」


 シュロが控えめに卵料理を要求してくるので、奮発して二品注文することを約束する。それだけでシュロは大喜びだ。


 わしゃわしゃと頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細める。最初は嫌がってたけど、ずいぶんと撫でられることにも慣れたね。少しずつならした甲斐がありましたよ。ふふふ。


「あれだけの大魔術を教える対価が卵料理二品……あいかわらず価値観が狂ってますね……」


 ナークさんがさらに呆れているけど、知らない知らない。シュロはこういう子だもん。気にしたってしょうがないよ。


「あ、ステラ! ナークさ~ん!」


 しばらくそうしていると、ハセル達がやってきた。私たちが戻ってこないので様子を見に来たみたい。のんびりしすぎちゃったかな。


「いやぁ、凄い魔術だったね。光る壁ができたと思ったら、それ以上に眩しい炎が天井まで届いてごうごうと燃えるんだから! ボク、びっくりしちゃったよ!」


 当然と言えば当然だけど、私の放った魔術は向こうからでもはっきりと見えたみたい。ハセルが興奮した様子で語ってくれる。逃げてきた衛兵さんから状況を聞いたときは心配してくれたそうだけど、その心配も炎の嵐を見た瞬間に吹き飛んだみたい。


「また、シュロ君が教えた魔術かぁ。凄いなぁ、シュロ君」

「本当ね。こんなに可愛いのに大活躍ね」

「えへへ! でも、頑張ったのはステラだよ!」

「はぁ~、本当にいい子ね。やっぱりうちの子にしたいわ……駄目かしら?」


 ロウナとメイリはシュロを褒めそやしている。それはいいんだけど、さりげなく不穏なことを言わないで欲しいよね、まったく。


 しばらくすると、セイリッド様と衛兵隊もこちらにやってきた。気づかなかったけど、いつの間にかナークさんが報告に行っていたみたいだ。


「ステラさん、また救われましたね。ありがとうございます」


 グレフさんが頭を下げる。慌てて頭を上げてもらった。もともと、護衛は仕事のうちなんだもの。やって当然のことをしてお礼を言われると、落ちつかない気分になっちゃう。


 それに頭を下げるのは私の方かもしれない。ナークさんはああ言っていたけど、遺跡はナルコフ子爵家の財産でもある。理由があったとはいえ、それに傷をつけてしまったんだから。


「すみません、さっきの魔術で建物が黒焦げになってしまいました」

「気にする必要はありません。非常時だったのです。仕方がありません」


 グレフさんはそう言ってくれるけど、セイリッド様がどう思うか。同じ遺跡好きとして、心が痛むんだ。だけど、そんな私の心を軽くするように、セイリッド様は柔らかく笑った。


「グレフの言う通りだ。ステラ嬢、あなたのおかげで幾つもの命が救われた。遺跡は貴重な物だが、かといって人の命には代えられない」


 私よりも幼いのに、セイリッド様は立派だね。そこらのぼんくら貴族とは違うみたいだ。


 大好きな遺跡よりも、人の命を優先できる。当たり前のことかもしれないけど、性悪貴族には庶民を同じ人とは思わないようなのもいるんだ。遺跡よりも衛兵さんの命を大切にできるセイリッド様は、きっと立派な子爵家当主になるだろうね。


 と、不遜にもセイリッド様の将来性を評価していたわけだけど、私の魔術が救ったのは衛兵さんたちだけじゃないみたい。


 あのとき、光の壁に押し寄せていた魔物は百や二百じゃなかった。その魔物が昇降機まで押し寄せていたら……下手すれば都市にまで魔物が侵入していた恐れがある。特に、コウモリの魔物は昇降機を使わずに縦穴を移動できるからね。その場合、被害はかなり拡大していたはずだと言われた。


 遺跡のことは残念だけど、やっぱりあのとき魔術で魔物を焼き払ったのは間違いじゃなかったんだ。それがわかっただけでも、少し気が楽になるね。


「でも、あの魔物、何でまた集まってたんだろう?」


 ナークさんの話からすると、発生した原因は悪魔召喚の影響みたいだけど……だからといって、一カ所に集まっていた理由がわからない。普通なら、もっと広範囲に散らばっていてもおかしくはないだろうに。


 その疑問に答えてくれたのはグレフさんだった。


「先行していた者達の話によれば、突然通りの端から現れたということです。暗がりのせいでしっかりとは確認できていないようですが、脇の建物から出てきたのではないかと」


 ということは、建物の中に大量発生していたってことかな。でも、何でその建物の中に集中して魔物が発生したんだろう。


 疑問に思っていると再びナークさんの解説が始まった。セイリッド様たちがいるので、悪魔召喚のことも含めて最初からだ。レヴァンティアのことはどうするのかと思ったけど、注意喚起も含めて情報共有をするみたい。話を聞いたグレフさんは、かなり渋い顔をしていたね。


 で、肝心の魔物がとある建物に集中して発生した理由だけど――……


「魔物の異常発生は、マナの淀んだ場所で発生する可能性が高いようです。例えば、死者の恨みが集まる場所や、悪魔召喚の現場、または魔法の実験施設などがそうですね」


 ということらしいね。


「その建物というのが実験施設だったってことですか?」

「可能性は高いでしょうね」


 ナークさんの答えを聞いて、私とセイリッド様は顔を見合わせる。


 マドゥール文明の実験施設。それは、私たちの調査対象そのものだ。魔物の件がなくとも見ておきたい。そこが魔物の発生源となればなおさらだ。異常発生の要因を確認して、できることなら取り除きたいけど……それはまず現場を見てから、かな。


「調べよう!」


 セイリッド様の言葉に、私たちは揃って頷いた。

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