21. 思った以上に高火力!

「ぬあぁぁ。揺れる~」


 とにかく前へと走る。腕の中のシュロが苦しそうにしているけど、非常事態だから我慢してもらうしかない。


 先行した四人の衛兵さんとはすぐに会えた。どうやら、接敵を待たずに撤退したみたい。みんな無事だ。


「君たちは!」

「援護します。魔術で攻撃するので、みなさんは下がってください」

「すまない!」


 先行隊の中には私のことを知っている衛兵さんもいたので話は早い。余計な問答もなくすみやかに後ろに下がってくれた。


 直後に、ナークさんの声が響く。


「〈気高き聖界の守護騎士よ 我が祈りを聞き届け給え か弱き我らに 護りの盾を〉イージス・プロテクション」


 法術の発動とともに、目の前に壁ができた。輝く光の壁だ。とても大きくて、私たちがいる通りを端から端まで塞いでいる。


 さすがはナークさんと絶賛したいところだけど……そんな余裕は持てなかった。


 光の壁は半分くらい透けている。つまり、向こうの様子が見えるわけだけど、そこにはショッキングな光景が広がっていたんだ。


「うげ~……」

「わぁ、いっぱいだねぇ」


 壁の向こうには大量の魔物がいた。ネズミみたいなのに、猪みたいなの、とにかくたくさん。それらが凄い勢いで光の壁へと殺到しているんだ。


 急には止まれないのか、それとも止まる気がないのか。先頭のネズミが後続に押されて圧死している。まあ、あんまり見たい光景じゃないよね。


「飛んでるのもいるね」

「えっ? あ、ほんとだ!」


 シュロの指摘で気づいたけど、魔物の中にはコウモリみたいなやつもいた。慌てて上を見上げると、光の壁は地下の天井まで塞いでいる。今のところ、コウモリも壁に阻まれて、内側には入り込んでいないみたいだ。といっても、光の壁も無限に続いているわけじゃないからね。回り込まれちゃえば、侵入を防ぐことはできない。


「ステラさん、この法術はそれほど長く持ちません。できるだけ早く殲滅を」


 ナークさんからも急かされてしまった。早く倒さなくちゃ。


「でも、こんなに多くの魔物、どうしたらいいのか」


 私が教えてもらった魔術は二つ。炎の魔術は手から出るから、光の壁に阻まれちゃう。それに、この数の魔物を焼き尽くすほど影響範囲は広くない。氷の魔術はある程度範囲をコントロールできるけど、地面から氷の柱が生える感じだから高い場所には届かない。コウモリたちを攻撃するには不向きだ。


「シュロさん、何か良い魔術はないんですか?」


 対処の遅い私にしびれを切らしたのか、ナークさんがシュロに尋ねた。シュロは少しの間う~んと唸ったあと、唐突に手を叩く。


「いい魔術があるかも! 今から教えるから、その通りに唱えてね?」

「うん!」


 どんな魔術か知らないけど、とにかく急いだ方が良さそうだ。発動目標は、光の壁の向こう側。シュロに教えられた呪文をそのまま復唱する。


「〈荒れ狂え 焼き尽くせ 逆巻く炎の嵐 其れは怒り 焦熱の魔人の憤怒の炎 逃れること能わず 焼かれて果てよ〉レヴァンティア・フレアトルネード」


 マナが抜けていく感覚。これまで使った魔術に比べると、明確にマナの消費が多い。となれば当然、魔術の威力も規模も大きいということ。


 轟々と風が鳴る。燃え盛る炎が渦巻く嵐となった。薄闇を完全に払うほどの赫々かくかくたる炎。眩しいほどの輝き。だけど、そこにあるのは平等な死だ。ネズミも猪もコウモリも。ただ等しく灰と化す。炎の嵐はただただ哀れな魔物たちを飲み込んでいく。


「ステラさん、思いのほか消耗が激しいです! そろそろ法術が保てません! あの魔術は消せないのですか?」

「え、消す!? どうやって!」


 炎の嵐が予想以上に高威力だったせいで、光の壁の維持が大変みたい。ナークさんが魔術を消せないかと聞いてきた。そんなこと、私にわかるわけないのに!


「シュロ!」

「もういいよ~って思えば消えるんじゃないかな?」


 そんな適当でいいの!?

 でも、今はシュロの言葉を信じるしかない。


「レヴァンティアさん、もういいです! 止めてください、お願いします!」


 悪魔の力を借りているらしいので、届くかどうかはわからないけどお願いしてみる。願いが届いたのか偶然なのか。シュロの言った通りに、炎の嵐はそれからすぐに消えた。


 あれほど眩しかった地下空間がまた闇に沈んだ。明るさに慣れた目には、ランタンの火だけでは心細く思える。それでも、少しずつまた闇に慣れていく。


 光の壁の向こうに、動く者はすでにない。それを見届けてから、ナークさんが法術を解除した。


「……恐ろしい威力でしたね。障壁が維持できなくなるところでした」


 見ればナークさんの顔には無数の汗がしたたり落ちていた。本当に力を振り絞ったのだろう。いつもはピンと伸ばした背も、今は少し丸まっている。


 ナークさんの声音には少し非難の色があった。その視線はシュロに向いている。大量の魔物が相手とはいえ、過剰なまでの高火力だったからね。もっと適切な魔術はなかったのかと言いたいんだと思う。


 その視線に気づいているのか、いないのか。シュロはシュロで首を傾げていた。


「うーん、おかしいな。やっぱり、レヴァンティアの魔術は思ったよりも威力が出ちゃうみたい。ステラの才能かと思ったけど、それだけじゃないような……」


 どうやら、シュロとしても、さっきの威力は想定外だったみたい。そう言えば、召喚してすぐに使った魔術も思った以上の威力だったと言ってたっけ。


「シュロさんにも想定外だったわけですか。原因はわかりますか?」


 ナークさんも気になったのか、責めるような口調を改めてシュロに尋ねた。それに対してシュロは首を傾げたまま答える。


「特定はできないよ。でも、一番ありえるとしたら……レヴァンティアもこっちに来てるって可能性かな」

「何ですって……?」


 シュロの言葉を聞いた瞬間、ナークさんの目がすうっと細められた。

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