19. なんて興味深いお話!
セイリッド様の馬車を助けて一週間が経った。今日がナルコフ子爵家のお屋敷に招待される日だ。私たちはハセルたちが宿泊している宿屋に集合した。わざわざお迎えの馬車を出してくれるってことになったから、一旦集まったんだよ。
最初は緊張気味だったハセル達も楽しげにしている。貴族家に招待されるなんて経験、滅多にないだろうからね。
服装は普段通りでいいと言われたけれど、せっかくなので少しは着飾っている。服は貸衣装屋さんで借りたよ。当たり前だけど、貴族家へと訪れるのにふさわしい服装なんて、一般庶民は持ってないからね。そんなのを持ってるのは、貴族家と直接取引するほどの大商人くらいだと思う。
「お菓子♪ お菓子♪ 楽しみだね~!」
「ふふふ。そうだね」
私の腕の中で、ニコニコ笑顔のシュロが歌っている。首元には蝶ネクタイをして、ちょっぴりオシャレしてるよ。
「ナークのおかげだね! ありがとう、ナーク!」
シュロも子爵家に招待してもらえることになったんだけど、その理由として大きいのはナークさんが“シュロは危険な悪魔ではない”と保証してくれたからなんだよね。ナークさんは神官というわけじゃないみたいだけど、ゼウロ教にも顔が利くみたい。今回のことも、ナークさんが教会に掛け合ってくれたんだ。
お礼を聞いたナークさんは苦笑いを浮かべて、首を横に振った。
「保証と言っても、もし危険な本性を現したときには私が責任を持ってシュロさんを討つということになっていますから」
「シュロは悪いことなんてしないから、平気ですよ」
「僕、いい子にしてるよ。お菓子も食べ過ぎないように我慢する!」
「はは……そうですね。どの道、私ではシュロさんを討つのは不可能なのですが……。それなのに教会は……いえ、言っても仕方がないことですが」
ナークさんは何故か疲れた表情で遠い目をしている。教会との交渉が大変だったのかな。
そうこうしているうちにお迎えの馬車がやってきた。人数が多いので二台だ。私とシュロとナークさんが最初の馬車に、ハセル達が次の馬車に乗り込んで、早速、子爵家へと向かった。
子爵のお屋敷はサイハの街の北側にある。領主の館だけあって、街で一番立派な建物だ。広い庭もきっちりと手入れが行き届いているね。
今日はその庭でお茶会をするみたい。お屋敷の中でやるよりも開放感があるので、ハセル達の緊張も少しは和らぐと思う。まあ、それでも、お茶会が始まる前に領主様から“息子が世話になった”と挨拶を受けたときにはガチガチに緊張してたけどね。
幸い……というと失礼だけど、領主様は忙しいのですぐにお屋敷へと戻っていった。もしかしたら、私たちに気を使ってくれたのかもしれないけど。
「改めて礼を言わせてもらう。みなのおかげで、我々は被害を抑えられた。ありがとう」
セイリッド様がまた軽く頭を下げた。給仕をしていた侍女の人たちも深く頭を下げる。
「過分なお言葉を頂き恐縮です」
私が代表して答えると、ハセル達も一緒に頭を下げた。今回の件で謝礼として幾らかお金が貰えるみたい。確認はしてないけど、たぶんそれなりの額にはなるだろうね。子爵家嫡子を救った謝礼として頂けるみたいだから。
それらのやりとりが終わったら、いよいよお茶会。といっても、ちょっと変わった形式になってる。立食パーティーに近いかな。お菓子が盛られたテーブルから好きな物をとって食べていいみたい。ハセル達がわいわいとお菓子を取りに行った。シュロもちゃっかりとそれについて行ったよ。
私はというと、何故か、セイリッド様と対面している。いや、何故かじゃないね。理由は明白だ。セイリッド様の前には、彼が持ち出してきたであろう品々が所狭しと並べられているからね。
「ステラ嬢、あなたは遺跡や遺物に興味があると聞いた。私の自慢のコレクションを披露したいと思うのだが、どうだろうか」
ワクワクといった表情が隠せないセイリッド様。隣に控える侍女長さんは頭痛をこらえるような顔をしている。貴族の子息としてふさわしくない態度だと思っているのかもしれない。でも、私としては願ったり叶ったりだ。このために、招待に応じたんだからね!
「是非、お願いします!」
「おお、そうか!」
ちょっと気合いが入りすぎた返事になっちゃったけど、セイリッド様は気にしない……どころかますます機嫌が良さそうに笑った。代わりに私の隣に座っていたナークさんが深い深いため息をついたけど……まあ、気にしない気にしない! ホストのセイリッド様のお誘いなんだからね。断る方が失礼ってものだよ。
「……と、こんなところかな。ステラ嬢にとっては、珍しくもないかもしれないが」
「いえいえ、そんなことはありません! 大変有意義でした!」
セイリッド様のコレクションは多種多様。基本的にはマドゥール文明の魔法道具がメインだけど、それ以前のものらしき道具や通貨などもコレクションに含まれていた。私もそれなりに詳しいと思っていたのだけど、見たことも聞いたこともないような道具が幾つもあって驚いたよ。本当に有意義だった。
「これらは、全て子爵領で発見されたものなんですか?」
「概ねそうだ。ナルコフ子爵領にはマドゥール文明の遺跡が数多く見つかっているからな。本格的に調査をすれば、おそらくはさらなる発見があるだろう。だが……」
調子よく語っていたセイリッド様だったけど、ふいに表情を曇らせた。言葉はなくとも、言いたいことは伝わる。遺跡に興味を示す者があまりに少ないと、その顔は物語っていた。
「冒険者でも、遺跡調査を積極的にやる人は少ないです」
「そのようだな。嘆かわしいことだ」
セイリッド様が首を横に振り、私がうんうんと頷く。侍女長さんや、ナークさんからは呆れ果てたといった気配がするけれど、気にしてはいけない。いや、むしろ、もっと積極的にアピールしていきたいところだ。
遺跡は失われた知識や歴史を知る貴重な手がかりなんだよ。放置してると、いずれは朽ちちゃうんだから、そうなる前にきちんと調査しないと!
「ステラとナークは、まだお喋りしてるの? お菓子食べなくていいの?」
「いえ、私は聞いてるだけなんですけどね……」
遺跡調査を普及させなくてはと決意に燃えていると、口元にクリームをつけたシュロが戻ってきた。シュロを抱えたハセルもご満悦の様子だ。
私はというと、遺跡トークに夢中で少し摘まんだくらい。貴族が提供してくれるお菓子なんて食べる機会はないんだから、もうちょっと食べておくべきかも。
「ステラ嬢」
そう思ったのだけど、ちょうどそのタイミングでセイリッド様に呼びかけられた。さすがに、無視してお菓子を取りに行くわけにはいかない。
「何でしょう?」
「あなたを見込んで話があるのだ。実は、サイハの街の地下にはマドゥールの大規模な遺跡がある。その調査に同行してくれないか」
なんて興味深いお話!
これはお菓子を食べている場合じゃないね!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます