18. 本人が望むものが一番!

「……で、結局、みんな招待に応じる、ということでいいんだね? 途中までは断るつもりだったように見えたが」


 セイリッド様が去ったあと、残っていたグレフさんが呆れたように言った。まあ、アイコンタクトで辞退したいと伝えた直後に、その主張を翻したのだから呆れられても仕方がない。でも、それだけ古代遺跡の遺物は魅力的だったんだよぅ。


「あの……ボクたちも参加した方がいいんでしょうか?」


 ハセルがおずおずと尋ねた。グレフさんは苦笑いを浮かべて首を振る。


「無理にとは言わない。でも、さっきも言ったが、そこまで構えなくてもいいよ。侍女長は優秀な人だし、招くのが冒険者なら堅苦しい形式にはしないだろう。気軽な感じのお茶会にでもするんじゃないかな。セイリッド様もあの通り、気さくなお方なので心配はしなくていい。そちらのお嬢さんとは話が合うようだし、対応は全て任せて、お菓子を楽しむくらいの気持ちでいいんじゃないか?」


 グレフさんは“そちらのお嬢さん”と言うときに、ちらりと私を見た。話が合うというのは、もしかして遺跡コレクションのことかな。そういうことなら、どんとこいだ。


「遺跡トークなら、ずっと話し続けられる自信があるよ!」


 私が請け負うと、ハセルたちはほっとした顔をしたあと、三人で頷き合った。どうやら、三人も参加する気になったみたい。


「ナークさんも大丈夫ですよね?」

「私ですか? 私はまあ構わないんですが……シュロさんも連れて行くんですか?」

「なぁに? 僕は言っちゃ駄目なの? お菓子、食べられないの……?」


 ナークさんの言葉に、シュロが悲しそうな顔でグレフさんを見た。シュロが悲しんでいるのは、お茶会に招待されないことじゃなくて、お菓子が食べられないことだけど。


「あ……いや。……ところで、この子はいったい何なのだろうか? 喋っているように見えるが」


 グレフさんはというと、困っている。まあ、ヌイグルミみたいな存在が喋ってるんだもの。そんな反応になるよね。


 さて、どうしようか。悪魔は、人々に嫌われている。貴族の嫡子が悪魔と交友関係にあるとなれば醜聞以外の何物でもない。だから、悪魔と紹介するのは問題があるんだけど、かといって、嘘をついてあとでバレるともっと大変だ。


 と迷っているうちに、シュロが挨拶を始めた。


「僕はシュロだよ! 悪魔だけど、街の中ではヌイグルミのふりをするよ!」

「はぁ。……え、悪魔!?」


 悪魔と聞いて驚くグレフさん。本人の言葉を聞いても信じられないのか、確認するように私を窺ってくるけど……事実なので頷くことしかできない。まあ、私もほんのちょっと疑いを持ってるけど。でも、悪魔の友達がいるっていう話だし、やっぱり悪魔なんだろうなぁ。


 とにかく、シュロが話してしまったのなら仕方がない。シュロを連れていくのなら、話さないわけにはいかないので、事情を説明してしまおう。


「セイリッド様はさきほどの攻撃を魔法だと思ってらっしゃいましたが……実は魔術なんです」

「魔術!? 悪魔の力ということか……」


 グレフさんは、先刻の大規模な氷の魔術を思い出して、戦慄しているようだ。同じ結果でも、魔法と悪魔の権能とでは印象がかなり異なる。それだけ、悪魔は恐れられているんだ。


 ただ、一つだけ訂正はしておかないとね。


「魔術ではあるんですが、使ったのはシュロじゃなくて、私なんです。呪文だけ教えてもらって……」

「お嬢さんが!? 嘘だろ!?」


 シュロが悪魔だと知ったときと同じくらい……いや、それ以上に驚かれている。まあ、あれほどの規模の魔術、魔法ならよほどの大魔法使いじゃないと使えない。それを私みたいな駆け出し同然の冒険者が放って、しかもケロリとしているんだから、びっくりするのも当然だよ。


 正直、私も自分が使ったのでなければ驚いていたと思う。けど、実際にはあまりにもあっさりと使えちゃってるから現実感がないんだよね。


 まあ、結局のところ、凄いのは私ではなくて、シュロの教えてくれた魔術なんだ。そのことを説明すると、グレフは不思議な表情で私を見た。そこに浮かぶのは……同情、かな?


「それほどの力を得るにはどれほどの代償を払ったのか。まだ若いのに、君は……」


 なるほど。グレフさんは、私が大きな対価を支払って、魔術を教えてもらったと勘違いしているみたい。いや、普通はそうなんじゃないかなって思うんだけど。でも、何の対価も支払った覚えがないんだよね。


「いや、それが特には何も」

「……ん?」

「何の対価も支払ってません」

「……何だって?」

「ですから、さっきの魔術は対価ゼロです」

「……今日は耳の調子がおかしいようだ」


 きっちりと言葉にしているし、おそらくはちゃんと伝わっているはずなのに、グレフさんは何度も聞き返してくる。聞こえてないんじゃなくて、理解してなくないんじゃないかな、あれは。隣でナークさんが“わかるわかる”って顔で頷いているし。


 まあ、それほど、あり得ない事態ってことだろうね。私としてもいいのかなって思うし。ちょっと聞いてみようか。


「ねえ、シュロ。さっき教えてくれた魔術の対価はどうするの?」

「んん? ニヴレインの魔術のこと? 別に僕が使ったわけじゃないから、対価とかいらないよ」

「でも、あのグレフさんやナークさんが驚いているよ。やっぱり、対価が必要なんじゃない?」

「そうかなぁ? あ! じゃあ、またたまご料理が食べたい! ふわふわの卵!」

「そっか! じゃあ、今日はまた卵料理を食べに行こう!」

「わぁい! たまご! たまご!」


 よしよし。ちゃんと対価が受け取ってもらえそうだね。これにて一件落着……と思ったけれど、グレフさんは“卵……?”と言ったきり絶句してしまった。横ではナークさんが理解者を得たという顔で嬉しそうにしている。


 やっぱり、卵料理が対価というのはあまり一般的ではないみたい。いや、そんなことは私も知ってるけどね。でも、贈り物は本人が望むものが一番だ。だから、悪いってことはないと思うよ、卵料理。

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