17. だって、しょうがないじゃない!
「と、友達だからマナ消費が小さくなる? そんなことがあり得るんですか?」
ナークさんが戸惑いの表情で問う。私もびっくりして、シュロを見た。だけど、シュロは当然のことのように頷く。
「ステラは好きな人と嫌いな人、どっちを助けたいと思う?」
「それはもちろん、好きな人、だけど」
「でしょ。悪魔もおんなじだよ。あんまり好きじゃない相手に渋々手を貸すとなると、結構ふっかけるんだ。だから、本当は友達割っていうよりは、友達じゃない相手からふんだくってる感じかな」
そう言われると、なんとなくしっくり来る。つまり、私がさっきの魔術でほとんどマナを使わなかったのは、シュロを介して友達の友達だったから、ってことかな。
「ということは、ボクもシュロちゃんから教えてもらったら、あんな風に強い魔術が使えるようになるの?」
「使えるとは思うけど……ステラほどじゃないかも。やっぱり僕にとって、一番はステラだから」
「ぐぬぬ……やっぱりステラが一番なのか……」
ハセルが悔しげに私を見た。彼女には悪いけど、嬉しくなって、シュロをわしゃわしゃ撫でる。
「シュロはいい子だね~」
「あはは、なになに?」
「ううん、なんでも~」
「むぅ……ボクも混ぜてよ!」
きゃっきゃと笑うシュロをよしよし撫でていたら、ハセルたちも寄ってきた。
仕方がない、ハセルたちにもシュロを撫でる権利をあげよう。まあ、いくら可愛がったってシュロの一番は私だもんね。ふふふふふ。
「あー……、すまない。ちょっといいかな?」
そんな風に和んでいると、遠慮がちに声をかけられた。そちらに視線を向けると、気まずげな表情のおじさんが立っている。馬車を守っていた五人の護衛の中の一人だね。
「あ、はい、もちろん!」
いけない、いけない。私たちは魔物に襲われている人たちを助けるために駆けつけたんだった。シュロの可愛さに、ちょっとだけ忘れてたよ。ちょっとだけね。
おじさんはグレフと名乗った。年齢はたぶんナークさんよりずっと上。40は超えてるんじゃないかな。とはいえ、衰えよりは頼もしさを感じる。おそらくは隊長ポジションの人だろうね。
「まずは礼を言わせて欲しい。ありがとう。あなたたちの助勢のおかげで、我々は危機を脱することができた。さもなくば、少なからぬ被害が出ていただろう」
グレフさんは神妙な態度で頭を下げる。とても、丁寧な人だね。
「ええと……」
最初に返事をしたから私が対応する形になってるけど、本来なら護衛ランクの高い冒険者が対応した方がいいんじゃないかな?
そう思ってハセルたちを見るけど、ニコニコと笑って頷くばかり。ナークさんも笑顔でスルー。仕方がなく、私が対応することに。
「いいえ、たまたま近くにいましたので。みなさんが無事で良かったです」
「ありがとう。それで……だね」
当たり障りのない返事をすると、グレフさんがもう一度頭を下げる。そして、少しためらいがちに切り出してきた。
「実は、我々の護衛対象であるナルコフ子爵令息のセイリッド様が直接礼を言いたいとおっしゃられていて」
その言葉に緊張が走る。
子息令息といえば、間違いなく高貴な立場。本人が爵位持ちじゃない限り、正確には貴族ではないのだけど、それに準ずる立場には違いない。一介の冒険者には縁遠い存在だ。
いや、本当のことを言うと、意外と冒険者にも貴族の子弟が混じっていたりもするんだけどね。貧乏貴族の三男とか、正妻に嫌われた庶子とかの中には意外と冒険者を目指す者も多いと聞く。
ただ、冒険者になるような貴族の子弟は基本的に継承権のない立場の者達だ。対して、ナルコフ子爵令息のセイリッド様といえば嫡男だったはず。つまり、次期当主。決して、失礼はできない相手なんだ。
「セイリッド様は横暴な方ではないので、そこまで構える必要はないんだが。どうだろうか?」
権力を笠に着て好き放題をする迷惑貴族というのは少なからずいる。けれど、終始紳士的な対応をしてくれるグレフさんがそう言うのだから、セイリッド様は良識ある貴族子弟なのだろう。
ただ、だからといって気軽に付き合える存在ではない。だって、やるかやらないかはともかく、その気になれば無理難題を押しつけることができる相手なんだから。
とはいえ、断れるかと言えば……なかなか難しいよね。さすがに“面倒だから嫌です”というのはちょっと率直すぎる。言い訳するなら、どうしても急ぎの用事、とか? さんざんシュロを撫で回しておいて? ちょっと無理があるかな。
そんなわけで、子爵令息のお礼の言葉を賜る運びとなりました。グレフさんが、私たちが承諾した旨を伝えるために馬車へ戻って……といったところで、箱馬車のドアが豪快に開かれた。中から飛び出てきたのは、ひとりの少年だ。年齢としては10歳前後といったところ。
そういえば、ナルコフ子爵令息って、まだ子供なんだっけ?
馬車から飛び出してきた少年の服装は明らかに庶民が着るような代物ではない。おそらく、彼がナルコフ子爵令息なのだろう。
遅れて、馬車から侍女らしき人が現れ、少年を追いかける。もちろん、グレフさんもすでに少年に先行してこちらに走っている。あらあら、大変だ。
「わかっているとは思うが、あの方がセイリッド様なので。よろしく」
「え、あ、はい」
先に到着したグレフさんが、息も切らさずにそう言う。よろしくと言われてもと……思いつつ、反射的に了承してしまった。いや、どうしたらいいのかな。
そうこうしている間に、セイリッド様も私たちのすぐそばまで駆け寄ってきた。こういうときにはどうしたらいいんだろう。野外だし、向こうから礼を言いに来たわけなので、跪いたりする必要はないけれど。普通なら、執事や護衛隊長のような人――つまり、今ならグレフさんが間を取り持ってくれるよね?
だけど、グレフさんが何か言う前に、セイリッド様自身が口を開いた。
「私はセイリッド・エンシェ・ナルコフ。この地を治めるナルコフ子爵家の息子だ。助けてくれてありがとう! さきほどの魔法は凄かったな! いったい、誰が使ったんだ?」
セイリッド様はかなり興奮しているご様子。お礼を言いたいという話だけど、どちらかといえば、魔術の方に興味があるみたいだね。そのせいか、ハセルたちの“お前が対応しろよ”というプレッシャーが凄い。言葉はないのに、視線だけが突き刺さるようだよ。
「セ、セイリッド様、落ち着いてください! それはお礼を言う態度ではありません」
遅れて駆けつけた侍女らしき女性が、息も絶え絶えに指摘する。少し年嵩の人なので、少年の全力ダッシュについてくるのは辛かったみたい。それでも、直ちに苦言を呈するのは侍女の鑑だ。
セイリッド様も侍女の指摘に多少は反省したらしく、はっとした表情をしたあとに小さく咳払いをした。
「これは失礼した。改めて礼を言わせていただく。そなたたちの助力のおかげで、大きな被害を受けることなく魔物を撃退できた。ありがとう」
軽く頭を下げるセイリッド様。公式の場ではないとはいえ、貴族の次期当主が庶民を相手に頭を下げるなんてことはあまりないはず。貴族っていうのは、面子が大切だって言うからね。そういう意味では異例の対応だ。
もっとも、グレフさんも、侍女の人もセイリッド様の対応を止めようとはしていない。つまりナルコフ子爵家としてはおかしくない対応ということだね。庶民としては付き合いやすい貴族様みたい。
「いえ、微力ながら、お力になれたなら幸いです」
それだけ言って、頭を下げる。少し遅れて、ハセル達も頭を下げたのが気配でわかった。これで、この件は終わり。そのはずだったんだけど。
「さきほどの魔法の話も聞きたい。礼として屋敷に招きたいと思うのだが、どうだろうか?」
セイリッド様がそんなことを言い出した。
貴族令息の直々のお招き。なかなか断りづらいけれど、ただその場で礼を言われるのと違って、一介の冒険者にとっては負担になるのはたしかだ。それなりに礼儀作法は求められるだろうし、対応時間が長くなるほど、精神的な疲労は大きくなる。私はともかく、ハセル達は辛いかも知れない。今だって、あわあわしているし。
どうにか断れないものかと、グレフさんに視線を飛ばす。意図をくみ取ってくれたのか、彼は軽く頷いた。おそらく、それとなくセイリッド様を止めてくれるはず。
だけど、その前に、セイリッド様が言葉を続けた。
「私の屋敷には子爵領に点在する古代遺跡から出土した遺物のコレクションもある。興味があれば披露することも――」
「是非、伺います!!」
……あ、しまった。遺物コレクションに釣られて、つい返事をしちゃった。しかも、セイリッド様の言葉を遮って。
幸いなことに、セイリッド様は気にもせず……どころかご機嫌で馬車に戻っていった。代わりに、ハセル達からはとっても冷たい目で見られたけど……。
だって、しょうがないじゃないよぉ!
貴族家の遺物コレクションなんてなかなか見る機会はないんだから!
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