16. カッチカチ!

 シュロを召喚したときに教えてもらった炎の魔術。ハセル達が太刀打ちできなかった人工魔物でさえあっという間に燃やし尽くしたあの威力があれば、グレイウルフなんて簡単に倒してしまえるだろう。


「でも、あの魔術は危ないから」


 威力は申し分ない……というか過剰なほど。だけど、自分の正面にしか放てない上に、効果範囲が広くてコントロールもできない。ナークさんの結界なら防げるのかもしれないけど、万が一があったら困る。他に手がないなら試してみるけど、ハセル達が対応できるなら無理して使うべきじゃないと思う。


「うーん、そっか。じゃあ、もうちょっと使いやすい魔術を教えるよ」

「えぇ? いや、無理に私が倒さなくてもいいんじゃないかな」


 今のところ、ハセルたちは危なげなく戦っている。戦いについてはあまり詳しくない私が下手に手を出しても混乱するだけなんじゃないかな。そんな風に思ったのだけど。


「ステラ、何か手があるなら、お願い! ちょっと厳しい!」


 メイスを襲いかかってきた魔狼の鼻先に叩きつけながらハセルが言った。優勢に戦っているのかと思ったけれど、意外とそうでもないのかな。


「数が増えると連携が厄介だね、魔狼は」

「もう、本当にちょこまかと!」


 ロウナが矢を射かけると、グレイウルフは驚くべき反射速度で回避。メイリが追撃しようとするけど、別のウルフが飛びかかってくるのを避けるために断念せざるを得ない。


 うーん、なるほど。うまく戦っているように見えたけど、ハセル達は攻めあぐねているみたい。無理に攻勢に出ると、別のウルフから狙われる。頭数は敵の方が多いので、負傷者が出ると不利になるのはこちらだ。そう考えれば、たしかに状況は良くない。


「わかった。やってみるよ」

「お願いね」


 ハセルの声にはまだ余裕がありそうだけど、それでもしっかりと要請されたからには急いだ方がいい。


「それじゃあ、シュロ。新しい魔術を教えて」

「任せてよ! 今度の魔術は範囲を指定しやすいはずだよ。しっかりと発動範囲をイメージしながら使ってね」

「うん、わかった」


 効果範囲は、ハセル達の前方からナークさんの結界の手前まで。そうすれば、魔狼たちを全てエリア内に収めることができるからね。発動範囲を強くイメージしながら――呪文を唱える!


「〈凍てつく城郭 氷の棺 眠りにつく魔姫 氷牢に捕らわれし哀れなにえを汝の御許みもとへと導け〉ニヴレイン・プリズン!」


 キンと澄んだ音が響いた。ハセルたちの向こうには、いつの間にか半透明の柱が立っている。その中に閉じ込められているのは魔狼たちだ。まるで、その場所だけ時間を切り取ったかのように、今にも動き出しそうな状態で、魔狼たちが凍り付いていた。


 ふいに、ぴしりと。小さな小さな亀裂が、氷の柱の表面に走った。


 ぴしり。また、ぴしり。


 連鎖的に亀裂は広がる。瞬く間に全体を覆い――――ついに氷の柱は粉々に砕け去った。氷の粒が光を反射してキラキラと輝き、そして消えてゆく。後には何も残らない。氷の牢獄に捕らわれた魔狼たちは、跡形もなく粉砕されてしまったみたいだ。


「……これをステラがやったの?」

「ど、どうなってんの!」

「これは……凄まじいわね」


 ハセルたちが戸惑いの声を上げる。無理もない。むしろ、その程度で済んでいるだけ、冷静だと思う。私だったら、もっと大きな声で叫んじゃうと思う。というか、叫ぶ。


「ひぇぇえ、威力ありすぎだよ!」

「「「なんでステラが驚くの!?」」」


 さすがは、ハセル達。ツッコミも息がそろってる!

 ……じゃなくて。


「どういうことなの、シュロ! 威力抑え気味の魔術を教えてくれるんじゃなかったの?」

「んん? そんなこと言ってないよ。使いやすい魔術を教えてあげるとは言ったけど。ちゃんと範囲を制御できたでしょ?」


 そ、そういえばそうだった気がする!


 でも、どう考えてもオーバーキルだよ。そんな高火力の魔術、ポンポン教えないで欲しい。もし、制御できてなかったら、みんなカッチカチで大変だったよ。


「それよりも、ステラ。体調は大丈夫なの?」

「あんな大規模な魔法は初めて見たよ。あんなの一発でマナが枯渇してもおかしくはないよね」

「もし、辛いようだったらすぐに言うのよ」


 ハセルたちが次々と声をかけてくる。彼女たちが心配しているのは、マナの枯渇だろうね。

 一般的に言えば、大規模な魔法――今のは魔術だけど――は大量のマナを消費する。そして、体内のマナ量が大きく減ると、頭痛や眩暈といった症状が出るんだ。枯渇寸前まで行けば気絶、よほどに酷ければ死に至る。といっても、普通はマナが完全に枯渇する前に意識を失うらしいから、本当に死ぬことはまずないらしいけど。まあ、それでもあんまり試したくはないね。


 さっきの魔術は、間違いなく最上級魔法に匹敵する威力。ほとんど素人みたいな私がそれを使ったんだから、普通ならマナの枯渇で倒れてもおかしくはない。それなのに、気絶どころか頭痛も眩暈もない。


「全然、平気みたい。というか、ほとんどマナを消費してないような……」


 正確なところはわからないけど、生活用水として多めに水を出したときくらいの消費量だと思う。少なくとも、まだ数発は放てるはず。


「そんな馬鹿な……」


 ちょうど、こちらに歩いてきていたナークさんにも聞こえていたみたい。いつものように、顔に手をやって呻くようにそう言った。


「やっぱり、おかしいですか?」

「おかしいというレベルじゃないですよ。異常です」


 きっぱりと言い切って、ナークさんはシュロに鋭い視線を送る。


「これがシュロさんの権能なのですか?」


 静かな声だった。だけど、何故だろう。震えが止まらない。


 ナークさんの言葉に込められた静かな怒気――いや、これが殺気? 彼の視線はまっすぐにシュロへと向いているけれど、シュロを抱いている私ごと貫いてしまいそうな鋭さがある。


 思わずシュロを抱きしめる腕に力がこもった。それに応えるかのように、シュロの手がポンポンと軽く私の腕を叩く。それだけで、不思議と震えが止まった。


「こらぁ、ナーク! ステラを怖がらせたら駄目だよ!」

「……! ああ、すみません」


 シュロの抗議に、ナークさんも視線を緩めて頭を下げた。今の殺気も意図してのものではなかったみたい。だとすれば、思わず漏れた殺気と言うことになる。それだけ、ナークさんはシュロを危険視したということ。


 たぶん、それはシュロが権能を隠していたから。人を騙そうとする意思を感じたから。でも、果たして本当にシュロは権能を隠していたのだろうか。


「ねえ、シュロ。さっきの魔術はシュロの権能に関係があるの?」


 私はそうは思わない。だから、素直にシュロに尋ねた。対して、シュロは小首を傾げたあと、首を横に振る。


「違うよ? 僕に権能はないからね」

「じゃあ、さきほどの魔術はいったい? ステラさんの実力だと?」


 ナークさんが強い口調で問う。シュロは再び、首を振った。


「ステラに才能があるのは確かだけど、マナが少なくてすむ理由なら実力とは関係ないよ」

「では、なぜ?」

「僕がニヴレインと友達だから、かな。えーと、なんて言うんだっけ? そうそう、友達割!」


 ……友達割!?

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