14. 薬草を採取します!

 サイハの北東には急峻な山々が広がっている。この山々がナルコフ子爵領のあるハーセルド王国とお隣のヴェラセイド王国とを隔てる事実上の国境線だ。ハーセルド王国側の麓は森になっていて、私が調査しているマドゥール文明の遺跡もこの森の中にある。


 で、今日はこの森が仕事場になる。受注したのは薬草採取。地味だけど、その分、危険は少ないよ。


 まあ、街の外に出るわけだから、魔物と遭遇するリスクは避けられないんだけどね。魔物討伐の依頼に比べたら安全という程度の話。だからこそ、冒険者がお仕事として受注できるわけだし。


「じゃあ、採取する薬草について説明するから、しっかり聞いてね」

「わかりました、ステラ先生!」


 機嫌よく返事をしたのはハセル。もちろん、ロウナとメイリも一緒にいる。斡旋所で偶然会って話をした結果、彼女たち三人も一緒にお仕事をすることになったんだ。


「もう。先生って何? 真面目にやらないと駄目だよ」

「もちろん、真面目だよ。でも、私たち薬草採取なんかしたことないし。教えてくれるなら、先生でしょ?」


 そうなんだよね。ナークさんに、ハセル、ロウナ、メイリ。みんな、私よりも冒険者歴は長いんだけど、採取のランクで言えば、私が一番高いんだ。私だって、星二つでしかないんだけど。


「アタシら、討伐依頼ばっかりだったもんね」

「ロウナが薬草採取なんて地味で嫌だと言うからでしょう?」

「えぇ? そういうメイリだって、苦手でしょ?」

「私は嫌ではないのよ。ただ、ちょっと不器用なだけで」

「あはは、ボクら、こういうのからっきしだからね!」


 まあ、会話からわかる通り、ハセルたちは全くの素人。


 彼女たち三人はそれぞれ美人といって差し支えない容姿をしているけど、実はバリバリの武闘派なんだよね。ほとんど魔物討伐専門の冒険者なんだ。こだわりがあるというよりは、細かいことが苦手みたい。


 そんな三人がわざわざ薬草採取なんて仕事を選んだのは、ロウナとメイリが復帰したばかりだという事情がある。つまり、リハビリを兼ねて戦闘少なめのお仕事を選んだってわけだね。


 個人的には、良いことなんじゃないかなと思う。戦闘専門だと、負傷者が出てきたときに長期間活動ができないってことになりかねない。今回のハセルみたいにね。だから、戦力が低下している状態でも受けられる仕事を増やした方が良いと思うんだ。


 ハセル達には、サイハで活動を始めてからお世話になってるから、恩返しのためにも採取の仕方くらいはきっちりと教えたい。といっても、私もそこまで詳しいわけじゃないけど。


「ナークさんは、採取の経験はどうなんです?」

「調薬の心得があるので、薬草そのものについては多少なりとも知識はあります。ですが、採取方法までは知りませんね」


 ナークさんはというと、こちらも採取経験はないみたい。でも、調薬の心得があるというのなら、薬草については私よりも詳しそうだね。ナークさんはちょっとした注意点だけ教えれば問題なさそう。


「僕も採るよ! ステラ、僕にも教えてね!」


 シュロも採取を手伝ってくれるみたい。たしかに、薬草採取なら力はいらないし、手順さえ覚えてもらえばシュロにもできそうだね。


「じゃあ、あらためて説明するね――……」


 今回、採取するのは傷薬の材料となる癒やし草の葉と、腹痛に効く野筒花の種だ。どちらも珍しいものじゃない上に、それなりに需要がある。稼ぎは小さいけど、覚えておいて損はない素材だ。


 簡単に特徴を教えたあとは、実際に探してもらう。紛らわしい別種の植物もないので、見つけるのはさほど難しくない。


「ステラ~、見つけた~! これでしょ?」


 最初に声を上げたのは、なんとシュロ。確認してみると、たしかに癒やし草がいくつか生えていた。


「そうそう、これだよ。一番だったね。お手柄だよ」

「えへへ!」


 はにかむシュロの頭を撫でながら、みんなを呼ぶ。たいしたことではないけど、一応は採取するときの注意があるからね。実際にやってみせるのが一番だ。


「シュロ君に先を越されちゃったか」

「凄いでしょ!」

「はいはい。ちゃんと説明を聞いてね」


 みんなついついシュロを構っちゃう。気持ちはわかるけど、今はお仕事を優先しなくちゃ。


「真ん中の太めの茎から、葉っぱが生えてるでしょ? これが、傷薬の材料になるんだ。葉っぱの根元を握ってから下方向に力を入れると簡単に千切れるよ。ほらね」


 傷がつくと薬効が弱まるから、根元から折りきるのが採取のコツ。あとは、広めの袋に折れ曲がったりしないように気をつけて保存しておけばいい。本当はすぐに乾燥させた方がいいんだけど、さすがに森の中でのんびりやるわけにはいかないからね。まあ、すぐに駄目になるってわけじゃないから、今日中に納品するなら問題ない。


「大きな葉っぱならどれを採っても問題ないけど、半分くらいは残しておいてね」

「はい、ステラ先生! どうして半分残すんですか?」

「いい質問だね、ハセル君。採りすぎると枯れちゃうからだよ。半分残しておけば、また生えてくるから、時間が経てばまた採取できるんだ」

「なるほど!」


 ハセルがまた“先生”なんて言うから、ふざけてのってみたけど反応はなし。ロウナとメイリなんかちょっと感心したという表情で見てくるし、恥ずかしくなってきちゃうよ。古より伝わる“ツッコミ待ち”だったんだけどなぁ。


「ふむ。特に難しくはないようですね。これなら問題ないでしょう」

「じゃあ、競争しようよ! 僕が一番見つけるからね!」

「お、競争と聞いたら、アタシも頑張らないとね」

「根元から千切る、のね。葉を傷つけないように慎重に、慎重に……」

「メ、メイリ、ちょっと力を入れすぎだって」

「野筒花を見つけたら、教えてね。また、採取の方法を教えるから」


 説明を聞いたみんながばらばらに散っていく。魔物が出るから離れすぎるのはよくないけど……まあ、その辺りのことはみんなわかっているから大丈夫だろう。

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