12. クッキー代のためにも!

「ほら、シュロ。朝だよ」

「ふみゃ……? くあぁ……ぁ。おはよう、ステラ」

「おはよう。目が覚めた? 朝ご飯食べに行こう?」

「ご飯か。僕はたまごがいいな。ふわふわたまご」

「朝から卵を焼いてくれるお店は知らないなぁ」


 起きたばかりでふにゃふにゃのシュロを抱え上げた。シュロを起こす前に準備は完了しているから、あとは出かけるだけだ。


 ここは、私がサイハに来て以来、お世話になっている宿屋の一室。個室があって、夕食つき、しかも掃除も行き届いている。それでいて、お値段が比較的お安い。唯一の難点は街の中心からも、出入り口からも外れているってところかな。若干利便性は悪いけど、その分、変に騒がしくもない。個人的には大当たりのお宿だ。


 部屋を出てすぐに右手に見える階段を降りると、受付では女性がニコニコ顔で仕事をしている。そちらにお辞儀をして宿屋を出た。宿泊費は数日分まとめて払っているから、問題なし。それに朝から出かけるのはいつものことだからね。受付の女性だって気にした様子もなく、お辞儀を返してそれっきりだ。


 宿屋を出てすぐの場所は閑散としているけど、ひとつ大きな通りまで出ると、ぽつぽつと人の姿がある。朝食用の屋台も出ているから、食事はそこでとることにしていた。基本的にはいつも同じお店だ。下手に冒険して外れのお店に当たると、惨めな気持ちで一日を過ごすことになるからね。朝はおいしさが保証されているお店を選んだ方がいいっていうのが私の持論!


「おじさん、いつもの頂戴」

「はいよ。二人前だね。そのちっこいのも、相変わらずよく食べるね」


 注文したのはいつものスープ。野菜たっぷりにお肉のかけらが少々。朝食としては十分な量がある。お手頃価格なのも嬉しいね。


 これを二人前。もちろん、私が食べるのは一人分だ。残りはシュロがペロリと平らげる。体の大きさを考えると、びっくりだよね。初めて注文したときには、おじさんもびっくりしていた。


「ねえねえ。たまごはないの? たまごを入れるともっとおいしくなるんじゃない?」

「あ、ちょっと。シュロ、駄目だよ」


 シュロがおじさんに卵を使えとアピールする。勢い余って屋台の内側に入りそうだったので、慌てて引き留めた。


 昨日の夕食に食べた卵料理がよほど気に入ったみたいだね。でも、残念ながら、この辺りの屋台に卵が入るわけがない。おじさんも苦笑いだ。


「卵なぁ。入れるとうまいとは思うけど、そうなると値段が倍くらいにはなるからなぁ」

「あはは、すみません」


 卵は高いからね。安くて美味しいがモットーの屋台料理に使われる食材じゃないんだ。


「はいよ。二人前」

「ありがとうございます」


 代金と引き換えに、おじさんから木製のお皿とさじを受け取った。屋台の隣に椅子が数脚置いてあるので、そこに座って食べる。食べ終わったら、お皿と匙はおじさんに返却しなくちゃいけない。


「ねえ、ステラ。たまごって高いの?」


 さあ食べようと一口目をすくって匙をくわえたところで、シュロからの質問。こてんと小首を傾げたポーズが可愛いね。

 

 シュロはお金の概念を理解しているし、人間の習慣なんかも基本的には把握している。だけど、物の価値なんかはさすがに知らないんだよね。


「うーん、まあまあ高い……かな。毎日食べたらお財布が軽くなっちゃうくらいには」

「そうなんだ。……昨日のたまごは大丈夫だったの?」


 答えると、シュロがへにょんと眉を下げた。何かと思えば、お金の心配をしてくれているみたい。


「あはは、大丈夫だよ。あれ……大丈夫だよね?」


 急に心配になってきた。卵料理一食で火の車になるほどギリギリの生活をしているわけじゃないけど、シュロと一緒に過ごすようになって食費が増大しているのは事実だ。


 特に大きいのが毎日のクッキー代。シュロが食べたいっていうから、ついつい買っちゃうんだよね。ついでに自分の分も。


 いや、人が食べてると……やっぱりね? 欲しくなっちゃっても仕方がないよね? ひとりだけ食べるとなると、シュロが遠慮しちゃうかもしれないし。


 喫茶店ノービリスのクッキーは比較的お安いけれど……あくまで他のお菓子に比べればという話。気軽にほいほい買えるほどのお値段じゃないんだよね。砂糖は高価だし、卵だって使っている。いくらノービリスが庶民向けに値段を抑えようとしたところで限界はあるんだ。


 それを毎日二人分?

 冷静になって考えると、正気の沙汰じゃないね!


 だって、私、この二週間収入ゼロだよ。魔法金属や壊れた魔法式の道具なんかは確保してあるけど、それらにしたって換金しなければお金にはならない。斡旋所のお仕事なら納品して報酬がもらえるけど、遺跡調査はお仕事じゃないからね。手に入れたものは自分で売却先を見つけないとならないんだ。


 しかも、できれば売却先はナルコフ子爵領以外が望ましい。この辺りはマドゥール文明の遺跡が多いから、魔法金属の供給も十分だし、魔法式の道具も出回っている。高値がつかないんだ。


 というわけで、当面は手持ちのお金でやりくりしなくちゃいけないのでした。となれば、所持金の確認はとても大事。


「どうだったかな……?」


 スープ皿を脇に置いて、ポーチからお財布を取り出す。屋台なんかで使う小銭を入れるやつじゃなくて、大きなお金を入れておくお財布だ。中を見るまでもなく……軽い。ちょっと焦りを覚えるくらいには。


 こうなると、遺跡調査をお休みにしたのは良かったのかもしれない。しばらくは、お仕事に専念してしっかりと稼がないと駄目かな。


「シュロ、お仕事、頑張ろうね!」

「え? うん、僕、頑張るよ!」


 本当に頑張らないとね。これからのクッキー代のためにも!

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