11. 仕事ではなく趣味です!

「ふぅん、ここの壁には傷があるね」


 朽ちてないところをみると、周囲と同じく、魔法技術で頑強性を高めてあると思うんだけどなぁ。それなのに、こんな傷が無数につくなんて。よほど強い力で引っ掻いたみたいだね。この部屋でやってた研究は――……


「あのぉ……ステラさん?」


 だとすると、人工魔物の研究って推測は正しかったのかもしれない。マドゥール文明の研究という意味では興味があるけど、ろくでもない研究だよね。もし、解明できたとしても、世に出すのは控えた方がいいのかな。いや、解明できるとも思えないけど。まあ、でもまずはデータ集めが――……


「駄目だよ、ナーク。その程度じゃ、ステラは戻ってこないよ。知ってるでしょ」

「……本当に遺跡が好きなんですね」


 資料類があればいいんだけどね。建物は頑丈でも、紙は朽ちちゃってるからなぁ。詳しい生態はわからない、か。魔物の死骸を焼いちゃったのは痛かったかな? でも、いつまでも放置しておけないからしょうがないよね。まあ、手がかりが少ないのは遺跡調査の――……


「ステラさん!」

「わひぃ!? は、はい!」


 突然、肩を揺すられた。気がつけば、すぐ隣にナークさんが立っている。


 いったい、いつの間に? さすが、実力のある冒険者だけあるね!


「さっきから何度も呼びかけていますからね? 気配を殺してなんていませんよ?」

「……そうでしたか。それはすみません」


 またやっちゃったみたい。私は夢中になると、周囲のことが見えなくなっちゃうんだよね。遺跡調査をやってると、特に。色んな人から気をつけなさいと言われているんだけど、なかなか治らない。


 っと、反省はあとにしよう。今は困り顔のナークさんから話を聞かないと。


「どうしたんですか? 何かありましたか?」

「いいえ、何もありません。何もないのが問題なんです」

「はい?」


 哲学的な話かな? そうなると、私にはちょっと難しい。


「駄目だって、ナーク。もっと直接的に言わないと」


 頭上から声が振ってきた。ナークさんの頭の上に乗ったシュロだ。ナークさんは私より頭一つ分くらい背が高い。シュロは、そのさらに上にいるわけだから、見上げるとちょっと首が疲れちゃうね。


 この二人、いつの間にか仲良くなってるんだよね。遺跡調査中、シュロとナークさんはほとんど一緒に過ごしているみたい。二人が言うには、私に話しかけても反応しないから、だって。うーん、話しかけられた記憶がない。


「……で、結局、どういうことなの?」

「遺跡調査はもう飽きたよ! いったい、いつまで続けるの?」


 尋ねると、シュロはナークさんの頭をどんどこ叩きながら不満を表明した。ナークさんは迷惑そうにしている。


「もう飽きちゃったの?」

「もうって……二週間だよ!」

「そうだね」

「そうだねって……」


 シュロがいやいやと頭を振りながら頭を抱える。よくわからないけど、ショックだったみたい。


 私たちが遺跡調査を再開して二週間が経過した。もう二週間なのか、まだ二週間なのか、人によって意見が分かれるところだと思うけど、遺跡調査においては十分と言えるほどの日数じゃない。私たちは日帰り調査だから、なおのことだ。


「遺跡調査は時間がかかるものなんだよ」

「それはそうなんでしょうけど、限度がありますよ、ステラさん」


 シュロに言って聞かせようと思っていたら、ナークさんまでそんなことを言いはじめた。おかしいな、ナークさんは楽しげにしていたはずなのに。それを言うと、思いっきりため息をつかれてしまった。


「たしかに、最初は面白く感じましたが……発見があったのは最初の三日くらいじゃないですか。あとは、ステラさんがふんふんと言いながら壁や床を眺めているのを見守るだけなんですよ。さすがにつらいです」

「そ、そうですか。すみません」


 広いとはいえ、建物は一つ。三日もあれば全体を見て回れる。


 冒険者としての探索はその三日でやってしまった。ガラクタから魔法金属を取り出したり、壊れた魔法式の道具の中から状態の良さそうな物を見繕ったり、実験器具みたいなのを回収したり……まあ、お金になりそうな物を確保したってことだね。楽しんでいたのはその三日間だけだったみたい。


 遺跡調査としてはその後が本番なんだけどなぁ。壁の傷一つとっても、何らかの意味があるんだ。そのひとつひとつを見ながら、あれこれと想像するのが楽しいのに。


 まあ、本当はわかってるんだけどね。それはあくまで私の楽しみであって、多くの人は興味がないことだってことは。むしろ、二週間もよく付き合ってくれたと思うよ。ハセルたちなら、三日と経たずに根を上げていたと思う。


「仕方ないですね。明日から、しばらくは遺跡調査はお休みにしましょう!」


 高らかに宣言すると、ナークさんとシュロはほっとした表情を見せる。それはいいとしても、直後に同じタイミングであきれ顔になるのは納得がいかないよね。


「お休み……? 終わりじゃなくて?」

「まだ続けるつもりなんですね……」


 それは当然だよね。遺跡調査は仕事じゃなくて趣味だもの。終わりなんてないよ。

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