10. だって仲良しだもの!
気を取り直して、遺跡の調査を再開する。シュロは抱きかかえておこう。頭の上だと、さっきみたいに落ちちゃうかもしれない。
まずは前回調査を中断した右手側の通路を進む。壁や床は不思議な材質で作られていて、表面がつるりとしている。だからといって、滑りやすいわけでもない。表面の素材は何かが塗装されているみたいだね。ところどころ剥げている箇所があって、その下の石材がむき出しになっている。
大昔の遺跡なんだから仕方がない……というより、文明が滅んで何千年と経過しているのに、その程度で済んでいるのが凄いよね。
「あ、そっちの部屋で、シュロを呼び出したナイフを見つけたんですよ」
廊下の途中にあって部屋を指さす。ヌイグルミ設定は……もう今更だし、いっか。
扉には金属プレートがくっついてる。元々は何らかの文字が記されていたんじゃないかと思うけど、残念ながら摩耗して何も読み取れない。他の部屋の扉も同じだから、プレートは状態保存の魔法の対象外なんだろうね。そのせいで、入ってみるまで、どんな部屋かはわからないんだ。まあ、たいていの場合、入って調査しても何の部屋かはわからないんだけど。
「ちょっと見ても構いませんか?」
「いいですよ」
ナークさんを先頭に、ナイフを見つけた部屋へと入った。それなりに広い部屋なんだけど、用途不明の機材が雑然と置かれているせいでとても窮屈に感じる。
ひときわ目を引くのは部屋の中心にあるガラス容器。中は空っぽだけど、人が中に入れそうなくらいに大きい。その下部は謎の装置につながれていて、そこから何本もの
「ここは何の部屋なんですか?」
ナークさんが装置を横目に尋ねてくる。遺跡に少しでも興味が湧いたのかな? 遺跡好きが増えるのなら私も嬉しい。できることなら、きちんと説明してあげたいところなんだけどね。
「わかりません」
「えっ?」
意外そうな顔をされるけど、わからないものは仕方がない。
「実は、マドゥール文明のことって、ほとんどわかってないんですよね」
この世界は何度も文明が
最古の文明がスロヴォアーデ文明。悪魔崇拝が盛んな時代だ。末期には多くの悪魔契約者が生まれ争った。そのせいで滅んだと言われている。
その次が天使と悪魔の時代、ゼウナロク文明だ。天使勢力と悪魔勢力の大戦争時代だったんだけど、両者の戦力が拮抗していたせいで、意外にも直接的な争いは末期までなかったみたいだね。でも、結局は世界大戦が勃発して滅んじゃった。
第三次文明とされるのが、マドゥール文明。ゼウナロクの時代に中立的な立場をとった国家マドゥールが中心となって興った文明だ。マドゥールは、天使にも悪魔にも与せず……その両者の力を利用する方法を模索していた。ゼウナロク文明崩壊後は、その研究成果をもって一気に主導権を握ったらしい。
マドゥール文明は長く続いた平穏な時代だったらしいけど、その実態は知られていない。資料が残ってないんだよ。現在に伝えられている知識の多くは口伝だから、曖昧だったり矛盾があったりで実像が見えない。それ以前の文明の方が詳しく伝わっているくらいなんだよね。
その辺りのことを説明すると、ナークさんは興味深そうに頷いた。
「それ以前の文明よりも謎に包まれているとは、不思議なものですね」
「そうでもないですよ。スロヴォアーデ文明やゼウナロク文明には生き証人がきますから」
「ああ、なるほど。天使と悪魔ですか」
そうなんだよね。天使や悪魔には寿命がないと言われている。その真偽はともかく、当時のことを知る天使、悪魔は多いみたい。歴史学者の中には、かつての文明について知るために、悪魔や天使と契約する人がいるって話だ。
「シュロが知ってたら、私も教えてもらったんだけどなぁ」
「仕方がないでしょ。僕、一度も呼ばれてないんだから」
「何で呼ばれなかったのかな?」
「僕はつよ~い悪魔だからね! 呼び出されて、ホイホイと出て行く僕じゃないんだよ」
そう言って、シュロはえへんと胸を張る。そのわりに、私はあっさりと召喚できたけど……まあ、あえて指摘はしないよ。代わりに、よしよしと頭を撫でておく。
さて、ナークさんが見たいと言うから案内したけど、ここにはめぼしいものはない。前回の調査のときに持ち帰ったからね。というわけで、適当に見学を切り上げて調査を再開する。
「お。ここは覚えてるよ」
「ああ、シュロを呼び出した部屋だね」
少し進むと、扉の壊れた小部屋が見えてきた。魔物に追われて逃げ込んだ部屋だ。
「ここでシュロさんを召喚したんですか?」
「そうですよ」
ナークさんが興味深げに部屋をのぞく。また、寄り道だ。少しも調査が進まないけど、まあ問題はないよ。遺跡調査はじっくりと取り組むものだもの。
それに、ナークさんは意外と遺跡に興味を持ってくれている。色々と見て回ることで、さらに興味を持ってくれるといいなと思ってるから、積極的に案内するよ。
「……何も残っていないですね。本当にここで召喚を?」
ナークさんが、びっくりした顔で部屋の中をぐるりと見回す。以前と同じく空っぽの部屋だ。中央付近に、黒い焦げ痕だけが残っている。
「そうですよ。何もないですよね」
「ええ。本当に……残滓すら残っていない。本当に数日前のことなんですよね?」
「はい、そうですけど」
頷くと、ナークさんはふぅと大きく息を吐いた。そして、考え込むように目を閉じる。何か気になることでもあるのかな?
「ねえ、シュロ。残滓って何? ナークさんは何を気にしてるの?」
「さあ? 僕にもわからないよ」
二人で首を傾げる。小声で話したつもりだったけど、ナークさんには聞こえていたみたい。苦笑いでこちらを見た。
「ああ、いえ、また私の中の常識が崩れてしまって。まあ、今回は大したことではありませんよ」
ナークさんが話してくれた“常識”とは召喚に関すること。天使でも悪魔でも、異界から何かを召喚するときには膨大なマナを消費する……らしい。
不思議な話だね。私がシュロを召喚したときには、それほどのマナを消費した記憶はない。あのときのことを思い返してみても、自覚できるほどのマナ消費はなかったはず。
「そんなにマナを消費した覚えがないって顔ですね。だから、私も驚いているのですよ。こんなことがあり得るのかと」
言葉にするまでもなく、ナークさんは私の考えをお見通しだったみたい。補足するように続きを解説してくれる。
それによると、召喚時のマナ消費は、召喚する側とされる側の相性によって大きく変わるみたい。悪魔でも天使でも、力ある存在を召喚するとなると、普通は一人で賄いきれないほどのマナを必要とするんだって。
「召喚の儀式を行えば、かなり相性が良かったとしても、相当量のマナが残滓として留まり続けます。ところが、ここにはその痕跡がまるで見つからない。お二人は相当に相性がいいのでしょうね」
それが、ナークさんの驚いた理由みたい。
でも、そっか。私とシュロはそんなに相性がいいんだ。そう言われると、悪い気はしないね。
「えへへ。私たちって相性がいいんだって」
抱き上げて視線を合わせると、シュロはにへらと笑った。
「なんだ、知らなかったの? 僕は知ってたよ! だって、僕、ステラのこと大好きだもん!」
なんて可愛いことを言うんだろう、シュロは!
「だったら、私も知ってたよ。私だってシュロのこと大好きだもの」
むぎゅっと抱きしめてシュロのお腹に顔を埋めると、もふもふしてて気持ちいい。そのまま顔をぐりぐりとすると、シュロがあははと笑った。くすぐったいみたい。ぽかぽかと叩いてくるので、仕方なく途中で切り上げた。そのあとは、何となく二人で笑い合う。
「本当に仲が良いですね。悪魔と人の関係に、こんな形があるとは思ってもみませんでした」
ナークさんがまるで眩しいものを見るかのように目を細めて私たちを見ている。ちょっと恥ずかしいけど、こういうのは開き直りが大事だ。
「仲良しだもんねー」
「そうだよねー」
言い切ったら、ナークさんの顔に苦笑いが浮かんだ。やっぱり、悪魔と仲良くなるってことに戸惑いがあるのかな? シュロはこんなに可愛いのにねぇ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます