8. 誤射しても平気!

 レモンタルト記念日から二日が経過した。いやあ、ノービリスのレモンタルトは絶品だったね。


 さて、本日、私たちはサイハの街から北東に位置するマドゥール文明の遺跡に再び足を踏み入れた。古より伝わる“モモタロ伝説”のように、お供としてシュロとナークさんとを引き連れて。


 あ、いや、“キビダンゴ”ならぬレモンタルトに釣られたのは私とシュロだから、モモタロ役はナークさんかもしれない。


 ここの遺跡に建物は一つだけ。たぶん、居住地域ではなくて、研究所とか実験施設のたぐいなんじゃないかな。


 私たちがいるのは、その建物の入り口付近。そこから正面と左右に通路が分かれている。前回は右の通路を探索したところで、魔物に出くわしたんだよね。


「へえ、遙か昔の遺跡というわりに、意外と綺麗な形で残っているのですね」

「何でも、マドゥール文明では魔法で建物の強度を高めていたって話ですよ。と言っても、この遺跡ほど形が保たれているのは珍しいはずですけど」


 ナークさんが興味深げに建物内部を眺めているので、少しだけ解説してみる。まあ、遺跡好きなら常識レベルの話だけどね。それでも、ナークさんは関心を持って聞いてくれるからこちらとしても話しやすい。ハセルたちなんか、全然興味なさそうだったもの……。


 遺跡調査への同行は、ナークさんが自分から言い出したことだ。名目は迷惑をかけたお詫びということになっている。


 まあ、突然、悪魔祓いを仕掛けてきたわけだしね。悪魔にしか効かないとはいえ、攻撃用の法術には違いない。そのお詫びというのなら、一応、筋は通っている。


 けど、きっと建前だろうね。たぶん、一緒に行動してシュロのことを探ろうとしているんじゃないかな。もしかしたら、悪魔の本性を見破ってやるとでも思っているのかもしれない。


 でもねえ。長く行動を共にするほど、シュロのこと、悪魔とは思えなくなっちゃうんだよね。悪魔っぽいところといえば……角が生えてるくらいかな。でも、角が生えている種族は他にもいるから、それだけでは悪魔の証明にはなり得ない。


 シュロって本当に悪魔なのかな。なんだか私も確証が持てなくなってきたよ。今だって、私の頭の上でくぅくぅと寝息を立ててるんだもの。


 まあ、ナークさんの思惑はともかく、遺跡調査に同行してくれるってのはとても助かる。ハセルたちのパーティーが活動を休止することになったので、ちょっと困ってたんだ。さすがに、私ひとりで遺跡調査をするのは無謀だしね。


「まずは……」


 探索の方針を共有しようとして口を開いたその瞬間だった。どこからか“ギュロォォオ”という唸り声が聞こえてくる。決して馴染みがあるわけじゃないけど、強烈に印象に残っているこの声は、例の人工魔物だ!


 咄嗟に視線を走らせる。だけど、見た限りそれらしき存在は見つからない。どこに隠れているの……?


「箱の陰です!」


 ナークさんの声が通路に響く。


 シンプルな警告だ。その意味は理解できる。だけど、私は魔物を見つけられずにいた。箱と言われても、通路に置き捨てられた箱が幾つもあるんだ。ようやく、魔物が潜んでいる場所を見つけたときには遅かった。私が反応するよりも早く、魔物が飛び出してきたんだ。


 ぎざぎざの恐ろしい牙が、私を襲う。


「ひゃあ!」


 仰け反るようにして避ける。痛みはない。どうやら、うまく避けれたみたいだ。ただ、少しだけ違和感があった。なんだか、頭が……軽い?


 あ、シュロが落ちてる!


「シュロ、逃げて!」

「ぬぇ?」


 さすがのシュロも、落下の衝撃で目を覚ましていたみたい。だけど、寝起きで意識がはっきりとしないのか、反応が鈍い。ゆっくりと頭を巡らせて……ようやく、その視線が魔物を捉えた。


「ふわぁ!?」

「ギュロアアア!」


 慌てて逃げだそうとするシュロ。だけど、短い足ではどうしようもない。ちょこちょこと数歩歩いたところで、魔物の牙がシュロを襲った。ガジガジとシュロの角が囓られている。


「ま、またぁ!? 僕の角は美味しくないよ!」

「ギュロォオ!」


 シュロの言葉なんてまるで聞こえないかのように、魔物は一心不乱に角を囓る。シュロはたちまちのうちによだれまみれになった。


「たしゅけて……」

「えぇ……?」


 哀れみを誘うシュロの懇願に、戸惑いを見せたのはナークさんだ。眉間に指を当てて、頭を振っている。


「シュロさん……あなた、悪魔なんですよね?」


 呆れた様子のナークさん。でも、今はそんなことを言っている場合じゃないよ。


「早くシュロを助けないと!」

「え、ええ。そうですね」


 私がシュロに教えてもらった魔術で倒すという手もあるけど、あれはどうやってもシュロを巻き込んじゃう。別の手があるなら、そちらの方がいい。というわけで、ナークさんにお任せだ。


「シュロさん、動かないでくださいよ!」

「わかったよぅ。だから、早く~!」


 ナークさんは右手を突き出し、手のひらを魔物へと向けた。そして、呪文を唱える。


「〈清浄の力 矢となりて 敵を貫け〉セイクリッドアロー」


 その手の先に光が生まれた。光はすぐに矢へと姿を変じ、撃ち出される。矢の先には、魔物。狙いはぴったり……のはずだったんだけど。


「ひぇ!? やめて!」


 直前で魔物がシュロの顔をべろりと舐めた。不快感に身を捩ったことで、シュロと魔物の位置関係がわずかにずれる。


「あっ……」

「シュロォ!?」


 その結果、光の矢は見事シュロに直撃した!


「いった~い!」


 シュロは悲鳴を上げながら、未だに彼の体を貫こうとしてる矢をぺちりとはたく。弾かれた矢は偶然にも魔物に直撃。


「ギュロ……ォォ……」


 嘘みたいにあっさりと、その体を貫いた。


「えぇ? 法術の矢を弾くって……そんな……」


 ナークさんはショックを受けている。けど、私はそんなことを気にしている場合じゃなかった。


「うわ~ん。ステラ~、酷い目に遭ったよ」

「ああ、うん。よしよし。でも、ちょ、ちょっと落ち着こうか」


 魔物のよだれでベトベトになったシュロが抱きついてくるのを、どうにか手で押さえている状況だ。


 せめて、水で洗い流してからにして!

 服がよだれまみれになっちゃうよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る