7. レモンタルトには勝てない!
「まさかシュロさんのような悪魔がいるとは思いませんでしたよ」
「そうかな? いや、そうだよね! 僕くらい可愛い悪魔が他にいるはずないよ!」
「え? あ、そうですよね。世界一可愛い悪魔ですね!」
シュロが悪魔とバレてしまったことで敵対したはずのナークさん。そのナークさんと何故かテーブルを囲んでいる。
「ねえ、どうしてこうなったんだろ?」
「え? 二人が仲良くなって良かったじゃない」
こそりとハセルに尋ねてみると、返ってきたのはそんな言葉。おかしいと思ってるのは私だけなの?
シュロは、まあ、いつもの調子だ。もともと、シュロにはナークさんへの敵意みたいなものはなかったしね。
だから、この状況を作り出しているのは間違いなくナークさんだ。悪魔祓いの法術まで使ったというのにどういう心変わりだろう。
正直、よくわからない。だからもう、直接聞いてみよう。
「急にどうしちゃったんですか?」
「あー……、正直に言えば想定外のことが多すぎて、私もどう対応すればいいのかわからなくて」
ナークさんは困ったような表情を浮かべている。悪魔祓いの効果が十分じゃなかったから、シュロを悪魔と判断していいものか迷っているのかもしれないね。
「ステラさん、でしたか。あなた、シュロさんの契約者なんですよね?」
今度はナークさんからの質問。これについては私もはっきりとしたことはわからないんだよね。
一般的に、悪魔契約っていうのは対価を支払って力を借りることを言うんだ。そういう定義なら、私は契約者じゃない。だって、私は別に対価を支払ってないし。強いて言うなら召喚者、かな?
そう答えようとして気がついた。これって、私が悪魔を召喚したことを認めることになるんじゃない? ナークさんはシュロが悪魔かどうか自信がなくなってきたみたいなのに、わざわざ確信を持たせる必要はないよね。
ナークさん、かまをかけてきたのかな? 危ない危ない。もう少しで引っかかるところだったよ。
「シュロはヌイグルミですよ」
「そういえば、あなたはそう言っていましたね」
ニッコリ笑顔で答えると、ナークさんも笑顔で返してきた。何だかとても胡散臭い感じ。ひょっとして、私も似たような表情を浮かべてるのかな。ショック……。
「まあ、いいです。シュロさんは口が軽いようですから、あちらに聞きましょう」
と、標的を再びシュロに定めるナークさん。まあ、そうだよね。私がいくらしらばっくれたって、シュロが口を滑らせちゃったら意味がないものね。でも、そういうことなら、この場から去ればいい。
「シュロ、そろそろ帰ろうか?」
ナークさんからすれば怪しい行動に見えるだろうけど、すでに十分怪しまれているだろうからね。今更だ。
だけど、そううまくもいかなかった。クッキーを食べきっていないシュロが渋るんだ。
「え~、まだクッキーが残ってるよ?」
「持って帰ればいいよ。あとで、ゆっくり食べられるでしょ?」
「本当? それならいいよ」
よしよし、これで大丈夫。あとは速やかに撤退するだけ!
と思ったのだけど――……
「いやいや、シュロさん。もう少しお喋りに付き合ってくださいよ。もし付き合ってくれるなら、私のお菓子も差し上げます。こちらも甘くて美味しいですよ?」
敵もさる者。ナークさんは自分が注文したお菓子でシュロを釣りはじめた!
しかも。しかも、だよ。
そのお菓子とは、爽やかな甘さで人気を博しているレモンタルト!
大人気のため、他のお菓子よりもお高めというのに、すぐに売り切れになってしまうという逸品だ。私も食べたい!
「わはぁ、本当? いいよ。お喋りしよう!」
予想通り、シュロはあっさりと食いついちゃう。無理もない。こればっかりは無理もないよ。
駄目だ。クッキーでは太刀打ちできない!
決して、クッキーがタルトに劣るというわけではないけど、ノービリスのレモンタルトは別格。これに勝る手札は……私には用意できそうにない。
……仕方がない。諦めよう。
だから。
だから、せめて一口。せめて一口――――私も食べたい!
シュロばっかりずるいずるい! 私だって食べたいんだ。そのためには、シュロを拝み倒すことも辞さないよ!
「シュロ、私にも分けてよ~」
「ぬぇ!? ステラには恩があるけど……でも……でも!」
私の要求にシュロが葛藤を見せている。すげなく断られると思ったけど、シュロは義理堅いね。このまま押し切ればもしかして……いけるかも!
そうだ! シュロの言う対価ってやつをここで支払ってもらえばいいんじゃない?
ナイスアイデアが思い浮かんだところで、ふと気がついた。ナークさんが呆れたような目で私を見ている!
「な、何ですか、ナークさん。何か言いたいことでもあるんですか!?」
「いえ、別に」
素っ気ない言葉。だけど、その目は何よりも雄弁に物語っている。人の物をかすめ取ろうとするのは浅ましいと。言葉もないのに、はっきりと聞こえるよ!
「ち、違います! ちょっと、味見程度に! ほんの少しだけ食べさせて欲しいなって!」
「いや、私は何も言ってませんよ?」
言ってるもん! 視線がめちゃくちゃ主張してくるもん!
ちょっと涙目になりながら睨み付けると、ハークさんが大きくため息をついた。
「そんなに食べたいなら、自分で注文すればいいじゃないですか」
「気軽に手を出すにはちょっとお高いんですよ!」
「はあ、仕方ないですね。では、私が
……え、奢り? いいの?
いやいや、これは罠。きっと私を懐柔しようとしているんだ。その手には乗らないよ! 何者にも屈しない強い意志で断るんだ! さあ、断るんだ、私!
「ごちそうになります!」
無理でした! 私の薄弱な意思なんて、レモンタルトの前では無力でした!
でも、大丈夫。私は一人じゃない。心強い仲間がいるもの。
「ナークさん、ボクも! ボクもいいですよね?」
さすがはハセル! 奢られるタイミングを見逃さない!
ナークさんは再び深い深いため息をついてから頷く。
「わかりました。二人分ですね……」
いやぁ、一時はどうなることかと思ったけどね。まさかノービリスのレモンタルトを食べられるなんて。ナークさん、意外といい人のなのかもしれない!
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