4. ヌイグルミ、ダヨ!
「へぇ、あれが人間の街か! なかなか大きそうだね」
シュロが私の頭の上で、興味深げな声を上げた。
「サイハの街だね。大きさとしては中程度じゃないかな」
私たちの視線の先には街がある。ナルコフ子爵領の都市サイハだ。人口は一万を越えて二万に近い。ハーセルド王国でも有数の都市と言える。もっとも、王都や大貴族の領都に比べると規模は小さいけどね。だから、中程度。
あれから、私は遺跡調査を切り上げて、街に帰ることにしたんだ。さすがの私も一人で遺跡調査を続けるほど剛胆じゃない。それに調査に同行してくれた冒険者パーティーの無事も気になるからね。ちゃんと街に戻れてたらいいんだけど。
「ねえ、シュロ。本当に街までついてくるつもりなの?」
シュロを頭から下ろして、しっかりと視線を合わせる。既に何度か話し合ったあとだけど、最後の確認。
魔物を倒したあと、シュロには戻ってもいいよと言ったんだ。でも、まだ対価を支払っていないからという理由で、私についてくることにしたみたい。シュロが教えてくれた魔術のおかげで魔物を倒せたんだから、別に対価はいらないんだけどね。
対価については建前なんじゃないかなって気がする。たぶん、シュロは元の場所に戻りたくないじゃないかな。なんとなくだけど。
まあ、別についてくるのは構わないんだ。シュロは本当にヌイグルミみたいで、モフッとしていて抱きしめると気持ちいい。よしよしと撫でると“やめてよー”というけど、それがまた可愛いんだよね。もうこれが対価でいいんじゃないかな。
私が心配しているのは、シュロが悪魔だってこと。
多くの人たちは悪魔を嫌っている。それは仕方がないことだと思う。悪魔は人に力を貸してくれるけど、時に人を騙す。付き合い方を間違えば、身を滅ぼすことになるんだ。私だって、シュロじゃなかったら、連れ歩こうなんて思わないもの。
もし、悪魔を連れて街を歩こうものなら、悪魔も、そしてそれを連れている者も冷ややかな目で見られると思う。距離をとられるくらいなら良い方で、直接的な暴力を振るわれる可能性もあり得る。
「もう、ステラ。大丈夫だって! だって、僕って可愛いから!」
だというのに、シュロはお気楽そのもの。可愛いという点に異論はないんだけどね。重要なのは“可愛い”が排斥されない理由になるかってこと。
まあでも、実は十分な理由になりそうな気がしてる。もちろん、悪魔だとバレたら駄目だけど……シュロを見て悪魔だって見抜ける人なんてほとんどいないんじゃないかな。動かなければ、ヌイグルミだと思うはず。
だから、シュロは悪魔じゃなくて、遺跡で発見したマドゥール文明の特殊なヌイグルミとして紹介するつもり。これならきっと、誰からも咎められることなく、街に連れていけると思う。
もちろん、リスクはあるよ。果たして、本当に悪魔と見破られないのか。ちょっぴり不安。だけど、私にとってメリットもあるんだ。
「街ではヌイグルミとして振る舞って貰うからね?」
「わかってるよー」
「ヌイグルミなんだから、モフモフされたり、ギュッとされたりしても仕方がないんだからね?」
「うんうん。大丈夫、大丈夫!」
安請け合いするシュロに、内心ではしめしめとほくそ笑む。これこそが、私が享受するメリット、合法モフモフ!
シュロが悪魔だと見破られることはできるだけ避けたい。そのリスクを可能な限り抑えるためにも、私はシュロをヌイグルミとして扱わなければならないんだ。人前でモフモフしたり、抱きしめたりしても仕方がない。それが、私とシュロの安全を確保することにつながるんだからね!
「どうしたの、ステラ? 変な顔になってるよ」
おっとっと。企みが顔に出ちゃったかな。誤魔化すようにシュロの頭をぽふっと撫でた。
「あはは、なんだよー!」
「訓練だよ、訓練。ヌイグルミのふりをするんでしょ?」
「そうだった!」
こう言うと大人しく撫でられてくれる。本当に素敵だね、合法モフモフ!
それから一刻(※1)くらいかけて、ゆっくりと歩いた。サイハは周囲をぐるりと市壁で囲まれていて、出入りできるのは東、西、南の門からのみ。私たちが向かったのは一番近い西門だ。
街に入るには手続きがいる。といっても、簡単な聴き取りがあるくらいで時間はかからないけどね。シュロのことがあるので、ちょっと緊張したけど、問題なく街には入れた。
「おお、人がたくさんだ!」
「大通りだからね」
東西の門を結ぶ通りは特に人通りが多い。のんびりと歩いてると、すぐに人にぶつかっちゃう。なので、できるだけ、せかせかと歩いた。向かうのは冒険者向けのお仕事斡旋所だ。
冒険者なんていっても、本当に冒険をしている人は少ない。たいていは、魔物退治や都市間の護衛で生計を立ててるんだよね。傭兵との違いは、戦う相手が主に魔物ってところかな。傭兵と冒険者を兼業している人も多いから、その境界はかなり曖昧だけど。
斡旋所の中に入ってすぐに声をかけられた。
「ステラ!?」
「ああ、ハセル! 無事だったんだ。良かった!」
「それは、こっちの台詞だって!」
振り向くと、そこにはハセルがいた。遺跡調査に同行してくれたパーティーのリーダーだ。短めの赤髪で活発な印象を受けるけど、なんで冒険者をやってるのか不思議なくらい可愛らしい顔立ちをしている。彼女たちを探すつもりだったので、ちょうどいいタイミングだ。
「大丈夫だったの? あの魔物はどうしたの?」
ハセルが心配そうな表情で駆け寄ってきた。彼女たちとは、あの魔物から逃げ回っている途中ではぐれたから、心配かけちゃったみたい。今も、私の救助依頼を出すつもりで斡旋所に来ていたそうだ。ギリギリセーフ!
「まあ、大変だったけど、色々あって無事だったんだ」
「色々って……」
ハセルだけならともかく、斡旋所には他にも人がいる。悪魔を呼び出したなんて言えないから、どうしても曖昧な言い方になっちゃうよね。
そのとき、ハセルの視線がシュロを捉えた。その眼光は鋭い。まさか、シュロが悪魔だということに気がついた……?
ハセルの手が私の頭の上に伸びる。あまりの素早さに、私は反応できなかった。彼女は両手でしっかりとシュロを掴み――――むぎゅっと抱きしめると、歓声を上げた。
「きゃー、かわいい! この子どうしたの!」
抱きしめられたシュロは苦しそうにジタバタしている。こう見えてハセルは、鈍器を振り回して戦うパワーファイターだ。そんな彼女が思いっきり抱きしめたら……!
「ハセル、シュロを離して! 苦しそうだよ」
「え?」
たぶん、ハセルはシュロのことをただのヌイグルミだと思ったんだろうね。私の言葉の意味がよくわからなかったのか、ポカンとした表情で私を見ている。
ただ、うまい具合に腕の力も緩んだみたい。シュロがハセルの腕から抜け出してきたので、それをふわりと抱きとめた。
「うぅ……酷い目にあったよ」
「しゃべった! それに動いてる!?」
苦しげな表情で首を振るシュロに、ハセルが驚きの表情を向けている。当然の反応だね。ここでフォローをいれないと!
「あの遺跡で知り合ったんだ。マドゥール文明の特殊なヌイグルミだと思う」
「ヤア! 僕ハ、シュロ。ヌイグルミ、ダヨ!」
私の言葉に合わせて、シュロが片手をあげて挨拶する。めちゃくちゃ片言だけど、ハセルは気にする余裕もないほどに驚いているみたい。
※1
本作では一日=二十四
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