3. 凄い威力!

「ちゃ、ちゃんと対価は払うから! だから、僕に力を貸してよ!」


 シュロ様……いや、シュロでいいや。シュロが必死な様子で手を伸ばしてくるけど、だからといって、私にはどうにもできない。どうにかできるなら、悪魔の召喚なんてするわけないんだから。


「わ、私には何もできないよ」

「そんなぁ! ま、魔術は? 魔術は使えないの?」

「魔術? 魔法なら少しは使えるけど……」


 魔術は悪魔の力を利用した超常の秘術。一方で、天使の力を借りて奇跡を起こす術を法術と呼ぶ。


 魔術と法術。なんとなく相容れない力のように思えるけど、意外とそうでもないみたい。その二つの力を利用して、新たな術理を作り上げたのがマドゥール文明だ。彼らはその技術を魔法混成術と呼んだ……らしい。今では単に魔法って呼ぶのが一般的だね。


 つまり、魔術は魔法の源流のひとつだけど、すでに別物と言っていい。そして、その魔法すら、マドゥール文明の崩壊とともに多くの知識が失われてしまっている。


 さらに言えば、私は魔法をきちんと学んだわけじゃない。遺跡調査をしているうちに、何となく身についた程度のものなんだ。だから、魔法で魔物をやっつけるなんてできっこない。


 それなのに、シュロは安心したように笑顔を見せた。あいかわらず、魔物に囓られたままなんだけどね。意外と余裕があるんじゃないの?


「魔法が使えるなら、魔術の素質もあるってことだよ。それなら、どうにかなりそう! いい? 今から僕が教える呪文を唱えて」


 私が魔術を使うの? 戸惑いはあるけど、他に手はない。


 シュロを囮にして逃げるという選択肢もあるけど……さすがにそれはちょっと抵抗がある。シュロがもうちょっと悪魔っぽい見た目ならそうしたかもしれないけどね。


「じゃあ、唱えるけど……」

「うんうん! 僕を呼び出せたステラなら、きっとできるよ!」


 “頑張れー!”とシュロが応援してくれる。やっぱり、余裕があるんじゃない? まあいいけどさ。


 心臓が暴れてる。いつの間にか口の中がカラカラだ。思ったよりも緊張しているみたい。


 大丈夫。ちょっと呪文を唱えるだけ。上手くいかなかったとしても、状況は変わらないんだから。


 自分自身に言い聞かせて、魔物を見据えた。そちらへと両手を突き出して、教えられた呪文を唱える。


「〈炎獄えんごくの地より来たりし焦熱の魔人よ 汝の獲物は我が前に 無尽の業火で敵を焼き払え〉レヴァンティア・バースト」


 不思議な感覚だった。つっかえないかと心配したけれど、予想以上にスラスラと言葉が紡がれていく。まるで、自分以外の誰かが、私を動かしているみたいに。


 だけど、言葉を紡いだのは間違いなく私自身だ。その証拠に、私の体を満たしていたマナが幾ばくか失われた。魔術の対価として捧げられたんだ。この辺りは魔法と同じ。でも、想像よりもマナの減りは少ないね。これなら一刻くらい休息したら、回復するんじゃないかな。


 そんなことをのんびりと考えてるのは現実逃避なのかもしれない。目の前の状況から目を背けるための。


 虚空から生じた燃えさかる炎が、竜の吐息のように魔物に襲いかかったんだ。私の前方を扇状に焼き尽くしている。その影響範囲は想像以上に広かった。私の前方はすっかり炎の海。一面真っ赤っかで大変な状況だ。ということはつまり……シュロが巻き込まれちゃってる!


 いや、だってしょうがないよね!

 細かいコントロールなんて教わってないんだから!


「ギュロォォォォ……ギュ……ロ……」


 魔術の威力は凄まじい。炎は瞬く間に魔物の生命を奪い、その体を炭化させた。焼け焦げた嫌な匂いが部屋に充満する。その時点で魔術の炎は消えた。


「あつつ! あっついよぉ!」


 一方で、シュロは叫びながら床をごろごろと転がっている。幸いなことに、火が燃え移っているわけじゃないみたいだけど。


 モフモフの毛がチリチリになっちゃってるし、焼け焦げた魔物を巻き込みながら転がっているせいで体中が真っ黒だ。でも、意外にも元気だった。魔物が炭化するくらいの炎を浴びたはずなのにね。


 びっくりしたけど、でもシュロが無事で良かった。まあ、本人がやれって言ったんだから、最初から想定済みだったんだよね?


「はぁ~、熱かった。ステラの魔術が思ったよりも強力だったから、びっくりしちゃったよ」


 ……違ったみたい。


「大丈夫だった……?」

「あはは、大丈夫大丈夫! だって、僕はとっても強い悪魔だからね!」


 魔物に角を囓られて涙目だったのに、ずいぶんと強気なことを言ってるね。もしかして、ツッコミ待ちかな?


「なんでやねーん」

「……? 何それ?」


 古より伝わる“ツッコミ”の言葉は、シュロには通じなかったみたい。これじゃあ、私が滑ったみたいじゃない。むぅ。


 それにしても、凄まじい威力だったね。石の壁に焦げ跡がついている。何もない部屋だったから良かったけど、そうじゃなければ色んなものに燃え移って大変だったと思う。まだ十分に調査できていないから、そうなっていたら悔やんでも悔やみきれなかった。


 いや、下手をしたら悔やむことすらできなかったんだけども。やっぱり、未調査の遺跡は危険が多いんだね。


 私が無事でいられるのも、シュロのおかげだ。ヌイグルミの姿だけど凄い悪魔……なのかなぁ?


「ねえ、ステラ」

「ん? どうしたの?」


 シュロがもじもじしながら上目遣いで私の名前を呼んだ。なんだろう? 


「コゲコゲだから体を洗いたいんだ! 水を出してくれない?」

「え?」

「た、対価ならちゃんと払うからさ! お願いだよ!」

「あ、うん……」


 ただの水でいいなら、魔法で出せる。でも、やっぱりおかしいよね。なんで、私が対価を貰う側なんだろう。


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