2. 立場が逆!
ヌイグルミ悪魔は、自分の肘を枕にして眠っているみたい。くぅくぅと可愛らしい寝息が漏れている。しばらく観賞したいくらいだけど、さすがに状況が許してくれない。こうしている間にも、扉はガシガシと引っかかれているんだから。
「あ、あの! 起きてください!」
「……ぬあ?」
呼びかけると、少し遅れてヌイグルミ悪魔の目が薄らと開かれる。ゆっくりと体を起こすと、目を瞬かせながら周囲をキョロキョロと見回した。
「なぁに? ここ、どこ?」
高くて間延びしたような声は、ヌイグルミの見た目にぴったりだ。思わず和んじゃいそうになるけど、そんな場合じゃない。
「ここはマドゥール文明の遺跡です。私がアナタを呼びました!」
「君が僕を呼んだって? ふぅん?」
トテトテと近寄ってきて、大きな目を見開いて私を見上げるヌイグルミ。抱き上げたい衝動に駆られるけど、空気を読めない魔物が扉を押し開こうとしているから断念するしかない。
「僕の名前はシュロだよ。君は?」
「わ、私ですか? 私はステラです」
「そうなんだ。僕を呼び出すなんて、ステラは結構やるみたいだね!」
シュロ様がニパッと笑う。可愛い!
……じゃなくて!
「シュロ様、力を貸してください! 魔物に襲われているんです!」
「魔物? その扉をドンドンやってる奴のこと?」
「そうです!」
「ふぅん?」
こっちは必死なんだけど、シュロ様の反応は鈍い。何か疑問でもあるのか、こてんと小首を傾げてる。
「ねえ、ステラ。魔物って、何だっけ?」
ええ、そこから!?
でも、仕方がないのかな?
最初に魔物が生まれたのはマドゥール文明の中期だと言われている。魔法の暴走による突然変異だとか、実験生物が逃れて野生化したとか諸説あるけどね。
一方で、悪魔崇拝が盛んだったスロヴォアーデは、その遙か昔に隆盛を誇った文明だ。その頃から生きているおじいちゃんなら、最近のことには疎いのかもしれない。魔物という存在が誕生してからすでに三、四千年経っているはずだから、人間の感覚なら最近どころか大昔なんだけどね。
でも、シュロ様がおじいちゃん……?
とてもそんな感じには見えない。もっとも、悪魔なんだから、見た目通りの存在とは限らないんだけど。ヌイグルミのように見えるけど、きっとすごく強い……んだよね?
「ええと、魔物っていうのは、魔法生物のなれの果てというか……マドゥールが残した負の遺産というか……。とにかく、凶暴で厄介な生き物なんです!」
「ああ、マドゥールの! そうだったね、そうだった!」
雑な説明だったけど、それでも伝わったみたい。シュロ様はこくこくと頷いてる。だけど、すぐに難しい顔をして腕を組んだ。
「ぬぅ、魔物かぁ。それはたしかに厄介だけど……僕は悪魔だよ? 悪魔に力を借りるってことが、どういうことなのかわかってるの?」
「生きるか死ぬかの瀬戸際なんです! 助けてください!」
「むむ、そうかぁ……」
悪魔は人を騙し、力を押し売りしてでも契約を結ぼうとすると聞いていたんだけどな。それなのに、シュロ様はわざわざ警告までしてくれる。というよりも、シュロ様自身が契約に乗り気じゃないように見えるね。
変わった悪魔だなぁ。いや、見た目からして、変わっているのはわかりきっていたけども。
「仕方がないか」
シュロ様が呟く。だけど、その直後に、ドンと大きな衝撃が扉越しに私を襲った。魔物がひっかくのをやめて、体当たりしてきたみたい。
一度目はどうにか耐えた。でも、二度、三度と続けてぶつかってこられるとキツくなってくる。何度目かの体当たりで、衝撃を完全には殺しきれずに、扉が僅かに開いてしまった。
「ひぃ!?」
「ギュロアア!」
その僅かな隙間から、魔物が前足をねじ込んできた。思わず怯んでしまい、扉に込める力が緩んだ。
そうなるともう駄目だった。私の力では押さえ込むことはできない。強引に扉が開かれて、魔物が部屋の中へと入ってきた。
扉を押さえていた私は、当然、その後ろに隠れる形になっちゃう。そのせいで、魔物の正面に立つのはシュロ様だ。
「へ?」
「ギュロォ?」
シュロ様と魔物の視線が交錯する。一瞬の硬直の後――――魔物がシュロ様に囓りついた!
「ぬあああああああ!?」
「ギュロォォオオ!」
慌てふためくシュロ様。それを囓る魔物。とても恐ろしい状況なのに、魔物の尻尾がブンブンと激しく振られているせいで、なんだか微笑ましく思えちゃう。
魔物は、ずいぶんと熱心にシュロ様の角を囓ってるけど、そんなに美味しいのかな? ガジガジとやるたびに、その口からよだれが垂れる。そのせいで、シュロ様はすっかりベトベトだ。ばっちぃ。
それにしても、さすがは悪魔だね。ヌイグルミの見た目だけど、圧倒的に丈夫みたい。さっきからおやつ感覚で魔物に囓られている角には傷一つついていないもの。きっとここからシュロ様の反撃が始まるんだ!
……そう思って見てたんだけど、どうも様子がおかしい。
シュロ様は両手をわたわたと上下させるばかりで、反撃に移る兆しがまるで見えない。それどころか――……
「ステラ、助けて……助けて……」
瞳を潤ませながら助けを求めてきた!
おかしいな。私が力を借りるために、呼び出したはずなんだけど。これじゃあ、立場が逆だ
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