遺跡好き少女のヌイグルミ悪魔!~契約したのは可愛くて不思議な悪魔でした~

小龍ろん

1. ヌイグルミ召喚

「まずい、まずい! まずいって」

「ギュロアア!」


 なんだかよくわからないものに追いかけられている!


 獣のように四本足。体表から無数の棘が生えている。口元から覗いているのはギザギザとした牙だ。歯並びはあまり良くない模様。


 魔物だとは思うけど、あまり見慣れない姿だね。少なくとも、私は初めて見る。


 もしかしたら、人工魔物かもしれない。なんと言っても、ここは魔法文明と言われるマドゥールの遺跡だもの。色々とおかしな研究をしていたって言うし。


 できれば、じっくり調べてみたいのだけど。どんな生態をしてるのかな。


「ギュロゥオオオ!」

「ひゃあ!」


 変な魔物がスピードを上げて飛びかかってきた。どうにか避けられたけど、おかしな声が漏れちゃったよ。


 魔物は勢いのまま、廊下の隅に置かれていた箱に突っ込んだ。長年放置され、朽ちかけていたその箱は、衝撃に耐えきれなかったみたい。ガシャンと大きな音を立てて、派手に中身をぶちまけた。中身が何だったのかはわからないけど、モクモクと黒煙が上がる。


「貴重な研究資料なのに!」


 いや、そんなこと言ってる場合じゃないんだけどね。でも、言わずにはいられない。だって、未調査の遺跡を探索できる機会なんて、なかなかないんだから。


 でも、逃げるなら今がチャンスだ。未練を振り払って足を動かす。できるだけ、距離をとらないと!


「ギュロ! ギュロォオ!」

「げげっ!」


 吠え声に後ろを振り向くと、黒煙の中から魔物が飛び出してきたところだった。煙に巻かれていたのに、ピンピンとしている。むしろ、さっきよりも元気かもしれない。


 元気というよりは、酷い目にあったって、怒っているのかも? そんなの自業自得でしょうに!


 とにかく、逃げないと!


 自慢にもならないけど、私は弱い。戦いはからっきしだ。味方のサポートならできるけど、私一人だとまともに戦いにならないと思った方がいい。


「ギュオオオ!」

「ひえぇ!」


 再び飛びかかってきた魔物を、転がりながらもどうにか避けた。


 でも、困ったね。やっぱり、コイツ、私より足が速い。運良く二度も避けられたけど、三度目を期待するのは欲張りさんだ。何より、私の息が上がってきた。次は避けきれないと思う。


 仕方がない。あんまりやりたくはないけど、切り札を使おう。お金もかかるし、遺跡を痛めることになる。だけど、ここで死んだら、まだ見ぬ遺跡の調査ができなくなっちゃうもんね!


 腰のポーチから、拳サイズのお手製爆弾を取り出す。起爆方法は簡単。刻印に触れ、起動呪きどうしゅを口にするだけ。


「イグニッション!」


 カチリと音を立て爆弾が起動状態に入る。少し間を置いて爆発するので、タイミングを見計らって魔物に投げた。


 狙いは完璧。体勢を立て直した魔物の鼻先に、爆弾が飛び込んでいった。そして、爆発。


「ギュァッ!」


 轟音に混じって魔物の悲鳴が聞こえる。巻き上がる煙と埃で見えないけど、間違いなくダメージを与えたはず。


「やったの?」


 思わず呟いちゃった。


 やってしまったね。これは古より伝わる“フラグ”という奴だ。成否が定かでないときに口にすると高確率で失敗するという呪いの言葉。ということは、アイツは生きている、かも。


 まあ、“フラグ”はともかく、油断していい状況じゃないのは間違いない。だって、魔物はしぶとい。簡単に仕留められると思っちゃ駄目だ。


 素早く前方に視線を走らせた。まだまだ通路が続いている。一本道だから、逃げるのは厳しそうだ。左側の壁には扉が二つ。逃げるなら、こちらかな。


「ギュロゥオオオ……」


 恨めしそうな魔物の声が響く。やっぱり、まだ生きてた!


 振り返る暇はない。一目散に駆け寄って、手前の扉に手をかけた。


 本当はちょっと危険な行為だ。どういった発想なのか、マドゥール時代の遺跡には何でもない扉にトラップが仕掛けてあったりするんだもの。扉を開けた途端、ボカンと爆発してもおかしくはない。


 幸いなことに、その扉にトラップは仕掛けられていなかった。中に入ると、すぐに扉を閉める。内開きの扉なので、自分自身が重しになれば魔物の侵入を防ぐことはできるはず。


 少し遅れて、扉がガシガシと音を立てる。外から、魔物が扉をひっかいているみたい。思ったよりも力が強いね。今はどうにかできてるけど、疲れたら押し切られちゃうかも。


 どうしよう。何か手はないかな。部屋を見回してみるけど、役に立ちそうなものは何もない。


「ぐぬぬ……使うしかないのか」


 切り札パート2だね。ポーチから取り出すのは禍々しいナイフ。マドゥールよりも更に古い、スロヴォアーデ文明の遺物だ。


 スロヴォアーデは悪魔崇拝者たちが築いた文明。このナイフは祭祀道具として使われていたみたい。血を捧げ、悪魔を召喚するための道具だ。


 悪魔。人を唆し、絶大な力を貸し与える代わりに、大きな対価を要求する存在。安易にその力を借りようとすれば、待っているのは破滅だ。


 正直に言えば、悪魔の力なんて借りたくはない。もし、生き延びることができたとしても、要求される対価によっては死ぬよりも辛い目に遭うかもしれないんだから。


 でも、だからといって。座して死を待つなんて、私らしくない!


 まだまだ、遺跡調査だってやりたい! 古代文明の謎を解き明かしたい!


「こんなところで死んでられないよ!」


 大きな声で心を奮い立たせる。


 大丈夫。私は運が良い方だから。きっと、大丈夫!


 右手でナイフを握り、左手の甲を浅く傷つけた。ナイフはまるで血を吸い上げるように、その刃を赤く染める。


「〈偉大なる悪魔よ 我が呼び声に応え その姿を現せ〉」


 不気味に思いながらも、うろ覚えの呪文を唱えた。唱え終えた瞬間、ナイフが耳障りな甲高い音を発しはじめる。まるで、歓喜に震えるかのように。


 あまりの不気味さに、思わずナイフを手放してしまった。だというのに、ナイフは浮いたままだ。それどころか、まるで踊るっているかのようにひとりでに宙を移動する。その軌跡が赤黒い光を放ち、虚空に印を刻んだ。


 描き出された刻印は、ゆっくりと地面に沈んでいった。その直後、昏いのに鮮明な……そしてどこか懐かしさを覚えるような不思議な光が溢れる。光が薄れたとき、刻印が沈んだ場所には何かがいた。


 体格に比べて大きな一対の角。獣のような姿。そして、濃紺の体色。これらは、噂に伝え聞く悪魔の特徴と一致してる。


 ……でも、何かちょっと想像と違うんだよね。


 抱きかかえるのにちょうど良さそうな大きさ。見るからにモフモフしてそうな毛。動物に例えるなら猫に近い、かな。ただし、かなりデフォルメされたと注釈がつくけど。


 その姿はまるで――……


「え、ヌイグルミ?」


 そう、現れた悪魔はまるでヌイグルミのような愛らしい姿をしていた。


___

新規スタートです!

本日のみ三話更新。

よろしくお願いします。

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