5. なぜ、こんなところに悪魔が!

 斡旋所では落ち着かないということで、場所を移すことにした。移動先はノービリスというちょっとおしゃれなカフェ。コンセプトは少し背伸びして贅沢なひとときをってところかな。


 貴族が食べるような可愛くて甘いお菓子が比較的お手頃な値段で食べられるので、冒険者たちにも人気のお店だ。強面こわもての冒険者が満面の笑みでお菓子を頬張っている姿はおもしろ……微笑ましい!


 ついさっき、夕刻前の鐘が鳴った。そろそろ客足が引いていく頃だというのに、店内には人がいっぱいだ。私たちは注文を済ませて、テラス席の方へと移動した。こちらの方はぽつぽつと席が空いている。うまい具合に席を確保することができた。


「ステラ、僕の分は……?」


 テーブルの上に座り込んだシュロが、切なそうな顔でお皿にのったクッキーを見ている。


 ふふふ、大丈夫。そう言うと思って、余分に注文してあるからね。


「シュロの分もあるから大丈夫だよ」

「やった! さすが、ステラだね!」


 クッキーがもらえるとわかって、シュロは一転してニコニコ顔だ。それを見たハセルが前のめりになって訴える。


「ずるい! ボクも! ボクもあげるよ!」


 むぅ。まさか、ハセル。シュロを餌付けするつもりかな?


 いやいや、さっき思いっきり抱きしめられたせいで、シュロはハセルを警戒しているもの。そう簡単になびいたりは――……


「本当? 本当にくれるの?」

「もちろん、ほら、おいで~」

「わは~!」


 クッキーにつられて、シュロがふらふらとハセルに近づく。正確に言えば、ハセルのクッキーに、かな。


 それにしても、シュロ……。

 チョロい! チョロすぎるよ!


「むぐむぐ。わぁ、甘くておいしい~!」

「……かわいいなぁ」


 口いっぱいにクッキーを頬張るシュロ。その頭をハセルが緩みきった顔で撫でている。さっきのことを反省したのか、その手つきは慎重だ。


 やっぱり、シュロは可愛い。それにシュロを愛でるハセルも可愛い。だけど、私も黙って見てはいないからね!


「シュロ! こっちもあるよ!」


 クッキーを手に取って呼びかけると、にぱぁと笑みを浮かべて、シュロがトコトコ歩いてくる。


「ちょっと、ステラ! 邪魔をしないでー!」

「どっちが! 邪魔したのはハセルでしょ!」


 私に対抗してハセルもクッキーでシュロを引き寄せる。負けじと私も、クッキーアピール。

 シュロはあっちに行ったりこっちに行ったりと大変だ。そのうちに目が回ったのか、ぺたんとテーブルに座り込んでしまった。ぐらぐらと揺れる頭を両手で押さえながら呟く。


「へへへ、甘いのがたくさんだぁ~」


 あまりに幸せそうに言うものだから、思わず笑っちゃった。ハセルも同じように笑っている。


「ああ、ほんとに可愛いなぁ。ねえ、シュロちゃん、うちにおいでよ。クッキーもたくさん食べさせてあげるからさ」

「ちょっと、ハセル!?」


 さすがに、それはライン越えじゃない? 聞き捨てなりませんよ?


 抗議の声を上げようとしたところで、すくっとシュロが立ち上がった。ふるふると頭を振って、ハセルに告げる。


「ごめんね。僕はステラに恩がある。対価を支払うまではステラから離れるつもりはないんだ」

「シュロ!」


 なんて偉い子! 抱き上げて、よしよしと撫でる。良い子良い子。


「あはは! なになに? ヌイグルミやるの?」

「いいの、気にしないで。クッキー、食べてもいいよ」

「わぁい!」


 お皿を目の前に差し出すと、シュロは一心不乱にクッキーをかじり始めた。その間なら撫で放題だ。ふふふ。


 ついでに、ハセルに向けて、にやりと笑みを見せておく。華麗なる勝利宣言!


「ぐぬぅ……。はぁ、駄目だったかぁ」

「駄目だったか、じゃないよ。全く油断も隙もないんだから」

「じょ、冗談だって! 冗談!」

「どうだか」


 ハセルが慌てて言い繕う。でも、絶対に冗談じゃなかったと思う。目が本気だったもの。


「まあ、いいや。それで、ハセルたちはあの後、どうだったの?」


 シュロの取り合いになっちゃったけど、本題ははぐれたあとのことを聞くことだ。


 遺跡調査の途中、私たちはあの魔物に遭遇した。実は、現れた魔物は三匹いたんだ。私を追ってきたのは一匹……ということは、他の二匹はハセルたちが引き受けたことになる。ハセルは無事みたいだけど、どうやって切り抜けたのかな。他のメンバーも無事だといいんだけど。


 話を振ると、ハセルも気持ちを切り替えたみたい。真剣な表情で話し始めた。


「ああ、うん。ボクたち方はね――」


 ハセルたちは三人パーティー。残る二人は、ロウナとメイリだ。


 彼女たち三人は魔物から逃れながら遺跡の外へと逃げたみたい。だけど、魔物は遺跡の外まで追ってきた。ロウナとメイリが傷を受け、もう駄目だと思ったところで通りがかった冒険者に助けられたようだ。


 命に別状はないとはいえ、ロウナとメイリの傷はそれなりに深い。だから、ハセルたちはしばらく冒険者活動を休止するつもりみたい。


「そうだったんだ……。ごめんね、私のせいで……」


 魔物に追い回されることになったのは、私の不注意に原因がある。発見されたばかりの未探索遺跡にテンションがあがって、ついつい不用意に進んでしまったんだよね。ハセルたちにはくれぐれも慎重にって言われてたのに。


 頭を下げると、ハセルは慌てて顔を上げるように言った。


「ううん、それはいいんだよ。ボクたちも油断してた。いきなり魔物が湧いて出るなんて想像もしてなかったからね。でも――」


 ハセルの目がつり上がる。


「勝手に囮になるなんて決めないでよ。臨時とはいえ、ボクたちはパーティーを組んでいたんだから。みんなで逃げれば良かったでしょ?」


 魔物が現れたとき、私は囮になろうとした。私の不注意で魔物に襲われることになったから、ハセルたちを巻き込まないように、と思っちゃったんだ。どう考えても無謀だし、結局、囮にもなりきれなかったんだけどね。


「うん、ごめん」


 素直に頷くと、ハセルもにこりと笑って頷き返した。


「反省してるんなら、いいよ。もう、自分を犠牲にしようなんて考えないでね」

「うん」


 自分を犠牲にするというより、ただパニックになっただけなんだけどね。どちらにせよ、反省は必要だ。


「あとは、ハセルたちの取り分も渡さなきゃね」

「ああ、そうだった!」


 ハセルたちを探していたのは無事の確認だけじゃなくて、獲得物の分配という目的もあったんだ。遺跡調査で手に入れたお金になりそうなものは、一旦、私が預かっていたからね。


 腰のポーチから幾つかの金属のかけらを取り出す。そのうち、四分の一ほどを自分の手元に置いて、残りをハセルに手渡した。


「はい、ハセル達の分」

「これって、あのガラクタの中から取りだしたものだよね?」

「そうだよ。魔法金属だから、それなりに高く売れると思う」

「ふぅん」


 マドゥール文明が生み出した魔法金属は、魔法の道具の製作には欠かせない素材だ。作り方は失われているため、高値で取引されている。ただ、遺跡のガラクタから取り出すには、専門知識がないと難しいんだよね。そのせいもあって、遺跡調査はあまり人気がない。本当は宝の山なんだけど。


 ともあれ、これで用事は済んだかな。ロウナたちのお見舞いもしたいけど、それは後日だね。あとはシュロを眺めながら、のんびりとクッキーでも食べよう。


 そんなときだった。


「悪魔……? なぜ、こんなところに悪魔が!」


 小さな、だけど驚きのこもった呟き。振り返れば、そこには見知らぬ男性が目を見開いて立っていた。

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