第4話 熊谷、お狐さまに一目ぼれしてしまう
「何だよ、今の。出るのか? この部屋」
熊谷は気味悪そうにあたりを見まわしている。
「お前、幽霊と話してなかった?」
「幽霊じゃないんだよ」
何から説明すればいいのだろう。熊谷は恐怖で青ざめている。無理もない。お狐さまが初めてこの部屋に現れたときの僕も、今の熊谷と同じ表情をしていただろう。
僕は、お狐さまとの遭遇と、今に至るいきさつを熊谷に話した。
「うーん」
聞き終わった熊谷は、信じられないといった様子で、うなった。
「話だけなら絶対信じないけど、見ちまったからなあ」
「僕も最初は自分の頭がヘンになったのかと思った」
「まあ、お前を見てても特におかしくなったところはないし、とりあえず安心しろ」
「どういうこと?」
「取りつかれてるとか、そういったことはなさそうってこと」
「ああ、そういう実害はないよ。むしろ、くじ運がよくなった。ただ、さっきみたいに突然出てこられるから、心臓縮む」
「だろうなあ」
気の毒そうに熊谷は言った。
「で、さっきは何を話してたんだよ」
「フライドチキンを持って来いって」
「ええ?」
「油揚げに飽きたそうだ」
熊谷は噴き出した。
「お供えに注文つけるのかよ。変な神様だな」
「この前なんか、日経新聞読んでた」
「すごいじゃん」
熊谷はがぜん、お狐さまに興味がわいたらしい。
「ものすごい美人だったな」
「そうなんだよ。まさに、この世のものならぬ美しさって感じ」
「俺、めっちゃタイプかも」
やっぱりそうか。
「でも相手はお狐さまだからな。怒らせると怖いぞ」
「そりゃそうだ。それにしても綺麗だったな」
感に堪えたように、熊谷は言った。いまや、怖さよりもお狐さまの美しさに心を奪われてしまっているらしい。
「俺もお参りに行ったら、出てきてくれるかな」
「正気かよ。いきなり出てこられるんだぞ。怖いぞ」
「今度の15日は、俺がフライドチキンお供えしてくる」
さっきまであんなに青い顔をしていたくせに、打って変わって元気を取り戻した熊谷を見て、僕は呆れるやら、熊谷の勇気に感心するやらだった。ちょうど8月13日から実家に帰省する予定だし、熊谷に行ってもらえるのだったら、そのほうが都合がいい。
「じゃあ、頼むよ。お神酒も忘れずにな」
「オッケー」
気がつくと外はほんのり明るくなっていて、既に夏の朝日が近所の家々を照らし始めていた。熊谷は、電車も動いているだろうからと言って帰り、僕はもう一度寝直すことにして、ベッドに寝転がった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます