第3話 おばあちゃんの教え
「お狐さまを怒らせると怖いんだよ」
子供の頃、神社やお寺を一緒にお参りしたとき、おばあちゃんはよく言っていたものだ。
「商売繁盛や金運に
今、この言葉が身に染みる。といっても、僕はお狐さまを粗末にしたわけでもないし、罰が当たるほど悪いことはしていないと思うのだが……。
大学のお狐さまは、僕が想像していた姿とはだいぶ違ったけれど、確かに怖い。部屋に化けて(?)出られるのは心臓に悪すぎるので、僕はお狐さまの機嫌を損ねないように、1日と15日には大学のお
多分、お狐さまは誰もお参りにこなくて、退屈していたのだろう。そこにネギを背負ったカモのように僕がふらふらと現れたので、便利に使うことにしたのだ。
こうして僕は、半ば強制的にお狐さまをお祀りする羽目になったのだが、お供えを始めてから、スクラッチくじで1万円が当たったり、コンビニのくじで1等を引き当てたり、何かとくじ運がよくなった。バイトの時給も上がった。
お狐さまなりに、御利益を授けてくれているらしい。ただ、恋愛成就は専門外だとお狐さまが言ったとおり、恋愛方面はさっぱりだった。。
「はぁ」
つい、ため息がもれる。
「なんだよ、元気ないじゃん。美緒ちゃんとはその後どうなったんだよ」
夏休みに入って、僕のアパートに遊びに来ていた熊谷が言った。
「別に、どうもなってない。夏休みに入って彼女、すぐに帰省しちゃった」
僕はフローリングの床にごろりと転がった。ほどよく冷えた床が気持ちいい。
美緒ちゃんと二人で行くはずだったリス園は、結局、桜沢さんの乱入から熊谷も参加することになって、4人で出かけた。
美緒ちゃんは放し飼いのリスに大喜びだったし、リス園の後は駅前でボーリングをしたりして、それなりに楽しく一日を過ごした。
ただ、その後も僕は何も行動を起こせずにいた。
「せっかく彼氏いないって聞きだしてやったんだから、とっとと
リス園に行った日、熊谷はいつの間にか美緒ちゃんと桜沢さんから、二人とも彼氏がいないことを聞きだしていたのだ。僕よりよっぽど機動力がある。
「そんなに簡単にいかないんだよ」
「煮え切らんやっちゃ。まあいいや、フライドチキン買ってきたから食おうぜ」
熊谷は持ってきたフライドチキンの箱をがさごそ取り出して、テーブルの上に置いた。
僕は立ち上がって冷蔵庫から缶チューハイを2本とり出し、1本を熊沢に渡して、自分もプルタブを開けた。
「お前こそ、桜沢さんとはどうなってんの」
「ときどき連絡は取りあってる」
「それだけ? タイプじゃなかった?」
「気は合うと思う。でも、友達って感じだな。多分、向こうもそう思ってる」
「ふーん。なかなか難しいねえ」
チューハイを一口飲んでから、おもむろに熊谷は言った。
「最近思うんだけど、俺って年上が好きなのかも」
「へええ」
「俺、家庭教師してるだろ。美人のお母さんだと、お母さんのほうが気になっちゃうんだよなあ」
「人妻趣味かよ」
「年上趣味と言ってくれ」
案外、熊谷の好みはお狐さまみたいな女性かもしれないと、僕はふと思う。年上だし、美人だし。年上といっても、実際のところは何百歳なのかわからないのだけれど。
酒を飲みながらゲームをしたりネット配信の映画を見たりしているうちに夜は更けて、僕も熊谷も眠ってしまった。
熊谷には布団代わりの寝袋を渡し、僕は自分のベッドで眠りこけていた。
気持ちよく眠っていたところ、誰かが肩を揺らす。僕は熊谷かと思って、寝ぼけ声で
「何だよ」と答えた。
「このおいしそうな肉は何かしら」
冷水を浴びたように、一気に目が覚めた。お狐さまだ。反射的にガバッとベッドに起き直る。
お狐さまは、テーブルの前に端座して、置きっぱなしになっていた食べ残しのフライドチキンの箱をのぞき込んでいる。
「おいしそうな匂いがするから、何かしらと思って」
お狐さまは、今日は白地に大きな朝顔模様の浴衣姿だった。さすがに和装もピタリと決まっているが、幽霊みたいで、これはこれで怖い。
「……フライドチキンです。鶏肉を揚げたものです」
お狐さまがこの部屋に出現するのはこれで3回目だが、何度経験しても慣れるものではない。心臓がバクバク鳴っている。
この前、油揚げとお酒をお供えしたばかりだというのに。
「油揚げは好物なんだけど、最近ちょっと飽きたわね」お狐さまはさらりと言った。
この悪びれもせず、当然のような要求の仕方がいかにも神様というかなんというか……。
「わかりました。今度のお参りに持って行きます」
にっこり笑って、お狐さまはスーッと消えた。今回は、出方も去り方もソフトだったような気がする。少しは気をつかってくれているのだろうか。
「おい、何だよ、今の」
熊谷の震え声がした。眠っていると思っていたが、どうやら見てしまったらしい。
僕は電気をつけた。
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